さかしま劇場

つれづれグランギニョル

『ミッドサマー』で浄化された話 その②美の破壊編

 『ミッドサマー』を観てハラハラドキドキするつもりが、不覚にも無限の浄化作用を受けて帰ってきてしまった人が語る、『ミッドサマー』解説と感想です。

 今回は、

 といった5つのトピックの内、②の「美しいものが破壊される瞬間のカタルシス」について書いていこうと思います。その①を未読の方は、まずはそちらからご覧いただけると嬉しいです。

gothiccrown.hatenablog.com

 

 

 

海で生まれた美少年、山に死す

  ホルガ村にはダンという名前の白髭の生えたおじいちゃんが出てきます。

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 前回の記事で解説したアッテストゥーパという儀式の中で、このダンおじいちゃんは崖から飛び降りて自害しようとします。が、先に飛び降りたおばあちゃんと違って、足を下にして飛び降りてしまったせいか、両脚がバキボキになっただけで一発で死ねませんでした。

 砂利の上で仰向けになった状態で、言葉にならない声で喘ぐダンじいちゃん。即死できないことが不吉な意味を持つのか分かりませんが、村人たちは狂ったように泣き叫び、デニーら旅行者一行もショッキングすぎる光景にパニック状態。まさに現場は阿鼻叫喚地獄

 で、そのままでもどうしようもないので、村人があらかじめ用意していた木の鎚で、ダンの頭をかち割ってトドメをさします。

 

 この演出、描写を見た瞬間、「あ~~~監督、趣味悪い~~~!!」と全僕がスタンディングオベーションです。

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↑ 全僕

 

 ご存知の方はご存知だと思いますが、このダンという名前のおじいちゃん、ビョルン・アンドレセン(Björn Johan Andrésen)という名前のスウェーデンの俳優が演じています。

 彼は1970年の『ベニスに死す』という名前の映画で主演を務めて、その美貌から一躍有名になった俳優です。

 そもそも『ベニスに死す』という映画自体が、老いた作曲家がイタリアのベニス、つまりヴェネチアで出会った美少年の美しさに心を奪われて、ついには死んでしまうという内容で、この美少年役を演じたビョルン・アンドレセンは、まさに映画史上の「美少年」アイコンになったワケです。

 今でも、「映画の美少年」を語る時には必ずと言っていいほど引き合いに出される役者ですね。

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 そういう
映画の中で美少年として崇められてきたビョルンを、映画の中で殺す。

 しかもあの世界一の美少年と謳われた、美しい顔面をかち割って、ですよ。

 こんないかにも象徴的な、イヤ味たっぷりの演出、ありますか???

 これは確実に明確な意図をもって演出されていると思います。本当に意地悪なイヤ味だと思います(褒めてる)。イタリアの海辺で燦然と輝いた美は、スウェーデンの山奥で無惨に果てるんですね……。

 美しいものこそ残酷に破壊されてほしい性癖の歪んだオタクに絶対に勧めたいシーンです。

 

 

 

 

ありがとうビョルン、死んでくれて

 『ミッドサマー』と関係ない個人的な話です。

 かくいう僕も『ベニスに死す』で魔性の美少年というジャンル(?)を知って沼にハマり色々おかしくなっていった一般的なオタクなので、『ベニスに死す』以外にさほど目立った俳優活動のないビョルンがまさかこんなタイミングでまた観られるとは、とありがたい気持ちでいっぱいです。

 別に演技が抜群に上手いワケでもなく、個人的にそんな好みかというと実は言うほどでもない、という僕にとってのビョルン・アンドレセンなのですが、胸に刺さったまま何故か面影が消えない俳優っていませんかね、いわば僕の中のビョルンはあの類です。

 そのズルズルと訳の分からないまま引きずっていた片想いというか片憎しみみたいなのが、今回の『ミッドサマー』でバツンと断ち切られた気がして、謎に浄化されてしまった気がしています。

 夢が終わった悲しみよりも、現実に戻った瞬間の虚脱感みたいなのが強かったです。

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15歳のビョルンと現在65歳のビョルン

 

 ちなみに僕が夢の中で生きていた時代、「美少年」に熱をあげていた頃に雑誌に書いた記事があるので、良かったら読んでみてください。

 『ベニスに死す』でビョルンが演じた美少年・タッジオについてや、竹宮恵子風と木の詩』、森茉莉『枯葉の寝床』、あと劇団・維新派などについて言及しています。

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  その③「魅惑の死体編」に続きます。

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