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【オタク御用達】『ミッドサマー』のルーン文字を歴史と言語学観点からガチ調べした【前編】

 アリ・アスター監督の新作『ミッドサマー』について、本ブログで全5回にわたり個人的な感想と解説を書いてきました。が、今回はちょっと映画の本筋は置いておいて、作中に出てくるルーン文字というモチーフについてむちゃくちゃ調べたので、その記録を書き残しておきたいと思います。

 映画の本筋についてのレビューは下記記事になります。『ミッドサマー』そのものの内容について知りたい方は、こちらをどうぞ。

gothiccrown.hatenablog.com

 作中に登場する文字がルーンだとは分かったものの、それがどういう歴史背景や特質を持つ文字なのか実は知らなかった人(←僕)向けの記事になります。

 アニメの魔法陣などに書いてあるルーンがただの模様だと思い込んでいた人、ルーン文字何それおいしいのって人、などなど、知識ゼロでも何となく知ったかドヤァできるくらいの内容を詰め込んだので、とりあえずオタクは読んでおけばいいと思います。

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シュガシュガルーン=Sugar Sugar Runeはクソ甘いルーンということです(どういうこと?)

 

 

 

ルーンはまじないのための文字ではない

 まず、ルーンは呪術のためだけの文字ではない、という話を先にさせてください。アニメやゲームの魔法シーンでばかり目にするので、おまじないに使うナニカのようなイメージが定着していますが。ホビット族の文字ではあるかもしれない。( J・J・R・トールキンは著書『ホビットの冒険』や『指輪物語』の中で、ホビット族が使う文字デザインのほとんどをルーン文字から拝借している)

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ルーン文字を操るFGOのクー・フーリン(キャスター)

 

 その昔、文字の読み書きができる人が今では想像もつかないくらい少なかった時代には、識字能力のない人にとっては文字はよく分からない不思議な呪文に見えたことでしょう。そういう意味では、ルーン文字は当時の人たちにとって「呪術的だった」と形容することはできるかもしれません。

 ただ、もちろん呪術に使われることもありましたが、本来は、ゲルマン人(北欧、アイスランド、オランダ、ドイツ人などの祖先)がフツーに日常で使っていた文字です亀卜(きぼく:加熱した亀の甲羅の割れ方で吉凶を見る占い)など占いにのみ使われ、民衆の一般使用がなかった甲骨文字みたいなのとはワケがちがう。 

 まだ科学が発展していなかった大昔には、呪術、占いは特別なことでも何でもない、生活と地続きにあるものでした。そういう意味でもまた、例えルーン文字を生活で使おうが占いに使おうが、どちらも「日常的だった」と形容することもできるでしょう。

 

 ただ「日常使い」といっても、日記を書くだとか、帳簿をとるだとか、そういう使い方はあまりされていなかったようです。なぜなら身の回りのことを好きなだけ大量に書くようなことはできない時代環境だったから。12世紀ころにイスラム圏を通して製紙技術が伝わるまで、ヨーロッパには「紙」というシロモノがありませんでした。羊の革を伸ばして作った羊皮紙はありましたが、バカクソ高価なので、普段使いできるようなブツではありません。

 それではどういったブツにがんばって書いていたかというと、主に石や木片、装飾品にです。それに所有者を示したり、功績をたたえるためにルーン文字は刻まれていました。

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ルーン文字の多くは木片に刻まれていたため朽ちて残っておらず、残った数少ない石碑などから研究がなされてきました。

 

 

 

 

神が見つけ人類にもたらしたルーン文字

 のっけからルーン文字へのロマンをぶち壊すような話をしましたが、一応北欧神話の上では、ルーンはオーディンという最高神が発見した文字ということになっています。

 「古エッダ」という、北欧神話についての作品集(9~12世紀にかけて成立、13世紀にアイスランドにて写本になったとされる)みたいな写本の中に高き者の言葉 Hávamál(邦訳は「オーディン箴言」など)という詩集が収録されているのですが、そこなどに書かれている話によると、オーディングングニルオーディンが持っている投げれば百発百中のチート槍)で自分を突き刺し、ユグドラシル北欧神話の世界を支える大樹)で首を吊って、9日9晩の間、最高神である自分に対して自分自身を生贄に捧げることでルーン文字の知識を手に入れたらしいです。だいぶあたおかエピソードです。

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北欧のクレイジー神ことオーディン

 で、オーディンがその知識を人間にももたらしたので、人類は文字を手に入れました!みたいな解説をよく目にするのですが、古エッダとは別の「ヴォルム写本」に収録されているリーグルの歌 Rígsþula」の中では、オーディンがルーンの知識を得たあとに、ヘイムダルという光の神が人間にルーン文字を教えたことになっています。

 写本によって神話内容にバラつきがあるのかもしれません。

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北欧神話が下敷きになっている『マイティ・ソー』にもヘイムダルが登場してました。

 

 

 

ルーン文字の本当の起源と歴史

 以上は神話上の設定なので、じゃあ本当のところルーン文字を作ったのは誰だったのか?というと、ヨーロッパ大陸を北から南へドチャクソ大移動したゲルマン人の一部族、ゴート族なんじゃないかと言われています。

 ルーン文字とラテンアルファベット(現代の我々が英語を書く時に使うアレ。ローマ字とも呼ぶ)の形が何となく似ているのは、ゴート族が大移動する過程でローマの文明に触れたのが理由だとか。現在のイタリアには、ローマ帝国が成立する以前エトルリア人がいたワケですが、ルーン文字もラテンアルファベットも、彼らが使っていたエトルリア文字を借用していると言われています。

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エルトリア文字が書かれたペルージャの石柱。右から左に読む。

 

 そうしてエルトリア文字を一部パクったりパクらなかったりして1世紀ころに成立したルーン文字は、ゴート族が住んでいた広い地域――ドイツ、イングランドからスカンディナヴィア半島まで――で使われることになりました。

 地域や時代によって、ルーン文字は文字体系を変化させながら使われてきましたが、11~12世紀ころにはローマから普及したラテンアルファベットに取って代わられ、次第に廃れていきました。

 ルーンがラテンアルファベットに淘汰された理由はさまざまにあると思いますが、そのうちのひとつには、ルーン文字が直線的で、速く長く書きつらねるのに適していなかった、ということが挙げられるでしょう。例えば楔形文字は粘土板に「スタンプする」文字だったからこそ、ペン先の三角形を組み合わせた姿をしています。ビルマ文字は葉っぱに「傷をつける」文字だったからこそ、葉っぱの繊維を裂いてしまわないよう曲線的な姿をしています。ルーンは木片や石に「刻む」文字だったからこそ、ナイフやノミで刻みやすい直線で構成されていました。なのでペンでサラサラサラ~~~とすばやく書いていくには、筆記文字として優れたラテンアルファベットの方が便利だったんでしょう。

 ただスカンディナビア半島の内陸部のごく一部の地域では、19世紀までルーン文字を使える人がいたらしい。スゴイ、むっちゃ最近じゃん。

 

 

 

ルーンの文字体系の種類

  先述の通り、ルーン文字は地域や時代によって文字体系を変化させてきました。その種を厳密に区別することは困難ですが、まァ大体こんなルーンがあったよ、という大まかな分類を、ここで紹介しておきたいと思います。

 

古北欧型ルーン

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 ゲルマン共通ルーンエルダー・フサーク(Elder Futhark)とも呼ばれます。『ミッドサマー』に出てくるルーン文字もほとんどコレ。(下段に並んでいる文字はラテン文字転写です)

 1世紀ころにルーン文字が出現してから、8世紀ころまで、ゲルマン語圏全域で使われました。全24字

 ちなみにフサーク(Futhark)というのは、ルーン文字が「f, u, þ(thの音), a, r, k」の6文字から始まることにちなんだ呼び名です。ひらがなのことを「あいうえお」と呼ぶのと同じ。「アルファベット」という呼称も、今は表音文字の1グループを指す名前ですが、由来自体はギリシア語が「α(アルファ)」「β(ベータ)」から始まることによるものだし。

 なのでルーン文字のことは、「フサーク」と呼んでもイイし、ゴート語で「秘密」を意味するRunaが語源とされている「ルーンRune」と呼んでもイイし、どっちでもOKです。

 

 

 

後期古北欧型ルーン

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 先述の古北欧型ルーンを見ると、「k」「j」「ng」にあたるルーン文字だけ上下幅がせまいことに気がつきます。なんか宙ぶらりんになっとる。これを修正してすべての文字高を一定にしたのが、後期古北欧型ルーンです。

  文字の数自体は全24字と変わりませんが、6~8世紀に北欧では話し言葉が大きく変化したようで(音節の短縮化が進み、母音が変質した)、それにともなってルーンの中でもほとんど使われない文字が出てきたり、音価(文字の発音)自体が変わったりしたようです。

 

 

 

北欧型ルーン

 言語の変化に呼応して、全24字あったルーン文字は、8世紀末には全16字に数を減らします。この全16字の北欧型ルーンは、主に以下の3つに分けられます。

 

①長枝型ルーン

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 デンマーク型ルーンとも呼ばれます。縦線(幹)に対する横線(枝)が長いので「長枝型」。ルーン文字における楷書体みたいなもの。

 

②短枝型ルーン

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  スウェーデンノルウェー型ルーンとも呼ばれます。縦線(幹)に対する横線(枝)が短いので「短枝型」。長枝型より簡略化された、ルーン文字における行書体みたいなもの。

 

③幹無し型ルーン

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 書くことに特化した、ルーン文字における草書体みたいなもの。点じゃん。

 

※その他、文字の内側や上に点を打って音価をより正確に表した「点付き型ルーン」、読む方向に応じて傾けられた「反転型ルーン」「倒立型ルーン」 、幹部分がつながった「同幹型ルーン」、2文字以上のルーンがひとつになった「結合型ルーン」などがあります。

 

 

 

アングロ・サクソン型ルーン

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 先ほど「ルーン文字は時代を経て数を減らした」と書きましたが、それはスカンディナビア半島での話で、一方のフリースランド(オランダ)イングランドでは、ルーン文字は7~8世紀に28字へ、10世紀には31字へと文字数を増やしました。

 なぜかというと、この地域は北欧とはちがう古フリジア語や古英語の言語圏だったから。それら言語の母音をより正確に表記するため、文字を追加したワケです。

 

 

 

ルーン・ガルドゥル

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 ルーン文字は呪術のためだけの文字じゃない!という話を冒頭でしましたが、それは上記で解説してきた筆記用の文字についての話で、実は呪術のためだけに作られたルーン文字も存在します。名前はルーン・ガルドゥル。いかにも怪しすぎる見た目をしていますが、これは部外者に真意を察知されないためで、結合ルーンと同幹ルーンを組み合わせてわざと複雑な形にしています。

 例えばアィイスヒャウルムル(Ægishjálmur)は、敵をおびやかしたり、身体に力をみなぎらせたり、恋を実らせたりする役割がありました。ヘルスルスタヴル(Herzlustafr)は勇気を奮い立たせたり、ギーンファクスィ(Ginfaxi)は勝利を導く役割。などなど。

 14世紀には何度も「ルーン・ガルドゥルにふける奴は破門にすっぞ」という布告が出され、また17世紀にはアイスランドでルーン・ガルドゥルを使っていた呪術師が火刑に処されたりもしていて、キリスト教からは黒魔術として相当敵視されていたみたいです。

 中世に入ってルーン文字が筆記文字として使われなくなり、ルーンを古めかしく神秘的に感じる人が増えるにしたがって、黒魔術的な使い方が進化してったんだろうと思います。

 

 

 

ルーン文字音価、名称、意味について

 ルーン文字は「アルファベット」――つまり、ひとつの文字につきひとつの音が割りあてられている表音文字です。

 ※日本ではアルファベットというとABC……という英語を書く時のアレを指すことがほとんどですが、「アルファベット」とは「アブジャド」(フェニキア文字アラビア文字など)や「アブギダ」(梵字、クメール文字など)と並ぶ、あくまで表意文字の1つのグループの名前です。ABC……というアレは、その「アルファベット」グループに含まれるひとつの文字体系なので、厳密に区別するならば「ラテンアルファベット」または「ローマ字」と呼ぶ方が適切です。

 しかしルーン文字は一方で、ひとつの文字につき、音と一緒にひとつの意味も割り当てられている表語文字の側面もあったのではないか?と言われています(我々が使う漢字も表語文字ですね)

 これが、ルーン文字が現代でも占いに使われている一因でしょうね。「このルーンのカードを引いたからあなたはしばらく金欠かもしれません」みたいな。

 

 例えば1番目のルーン文字「f」。これの音価[f] [v]ですが、文字自体の名称は「フェフ(fehu)と言って、この文字ひとつだけで「家畜」「富」「財産」という意味を表すことがあります。

 この音価や名称、意味を全部挙げているとキリがないので、興味のある方はWikipediaで十分なので先にそちらにザッと目を通していただきたいんですが、できれば日本語版のページではなく英語版を、Google自動翻訳しながらでも見てほしくて、

en.wikipedia.org

 なぜかというと、英語版だと、ルーン文字音価と、文字の名称(意味)の頭文字が一致していることに気がつけるからです(これが日本語版ページでカタカナで読んでしまうと気づけない)。先述の「f」もそうですし、例えば2番目のルーン文字「u」も、「野牛」を意味するところの文字名称は「ウルズ(uruz)」で、こちらもやっぱり音価uと名称の頭文字uが一致しています。

 なので、ルーンの各文字が持っている意味は、表語文字と定義できるほどの確固としたイメージというよりは、あくまでルーン文字を学びやすくするための想起語として当てはめられていただけ、と見た方が堅実です。「♪AはリンゴappleのA~」みたいなやつです。

 それゆえに、こんなんで占われてもな~という気持ちが個人的にはなきにしもあらず。だって「ラテンアルファベットのAが出たから、あなたはリンゴを食べるとイイでしょう」なんて占い誰もしないでしょ。ルーン・ガルドゥルならともかく、「富や財産を意味するルーン文字の f が出たから、あなたはお金持ちになるでしょう」と言ってるのは、このリンゴ事案とまったく同じだと思うんですが。

 

 個人的な気持ちはさておき、ルーン文字の知識が失われてゆくのと比例して、ルーン文字を神聖視する風潮が高まっていったことは事実です。そうした中で、ルーン文字がもともと持っていた名称(意味)を、さらに占いとして深読みするような「ルーンリーディング」も生まれました。公式サイトのネタバレ専用ページには、「このルーンはこんな意味」という解説が載っていますが、ここに書かれているのはルーン文字に想起語として割りふられたもともとの意味ではなく、そこから派生した「ルーンリーディング」の方である、ということを補遺させてください。

 

 ということでようやく前置きが終わって(!)、『ミッドサマー』のルーンリーディングについて言及できる段階に来たのですが、あまりに長くなるので【後編】に分けたいと思います。

gothiccrown.hatenablog.com

 

 

 

 

末尾に

 本記事を書くにあたって、ラーシュ・マーグナル・エーノクセン著ルーン文字の世界 歴史・意味・解釈』をフル活用させていただきました。豊富な図版とともに、ルーンの歴史や特徴、そして石碑の読み方まで学べるスゴ本。北欧では大学や専門学校の教科書としても採用されているらしく、僕みたいなルーン初心者の入門書にピッタリだったので、オススメしておきます。

 

 あと実は、日本でもルーン文字が書かれた石碑を見ることができるらしい。東京千代田区日比谷公園にある「古代スカンジナビア碑」スウェーデンと日本の航路が開拓されてから10周年を記念して寄贈されたそうです。

 写真を見るかぎり、中世の点付きルーンで書かれていると思われます。MCMLVIIとかXXIVとか、ルーン文字ではない部分は多分数字かな。ルーンの書かれた石碑の雰囲気を生で味わってみたい方はどうぞ。goo.gl