コロナパンデミックに失策を重ねる政府に今『グエムル ー漢江の怪物ー』
コロナウイルス(COVID-19)の猛威が止まりません。
緊急事態のピンチにこそ人の本質本性が見えるというもので、感情的になる人、泰然自若としている人、パニックにおちいっている人、保身に走る人、などなど、「この人はこういう人だったんだなァ」を目にする日々です。僕は「危機感のない他人事な人」だそうです。
御上の力量が可視化されやすいのもこういう時ですね。政府の講じた対策案に不平不満をいだく声を、ネットでは毎日見かけます。何をどうやっても批判というのは出るもので、他国と比べて日本のコロナ対策を評価する意見もなくはないのですが、大事なのは他国との比較ではなく「それで日本国民は、日本経済は助かったのか」否かなので。さすがにマスク配布は新手のギャグかな?と、政治にうとい僕もズッコケたものです。まァその効果のいかほどは、今後あきらかになっていくでしょうが。
何万円支給するだのやっぱやめますだの、ロックダウンするだのしないだの、右往左往する政情を見ていて、『グエムル ー漢江の怪物ー』みたいな状況だな、と何となく思っていました。
『グエムル ー漢江の怪物ー』は、去年2019年、『パラサイト』で第72回カンヌ国際映画祭のパルム・ドール(最高賞)に輝いたことで記憶に新しいポン・ジュノ監督の、長編3作目にあたる作品です。『パラサイト』もめちゃくちゃおもしろかったんですが、ブログに書こう書こうと思いつつあっというまに1ヵ月もたってしまった……無精はつらいよ。
『グエムル ー漢江の怪物ー』は、その名の通り「グエムル(「怪獣」を意味する韓国語「괴물」のカタカナ読み)」が出てくるいわゆる「モンスター映画」です。ちなみに英語タイトルは『The Host』――つまり宿主という意味なのですが、何かパラサイト(寄生)と通じるなと思ったり。
日本だと例えばゴジラだとかウルトラマンだとか、アメリカだとキングコングだとかゾンビだとか、怪物モノの伝統が古くからありますが、韓国にはそういった系譜がありません。もちろんモンスターが出てくる作品もゼロではないのですが、いずれもブームには至らなかったようです。
そんな自国の状況を憂いて、ポン・ジュノ監督が韓国の映画界に投じたのが、この『グエムル』という作品です。監督自身は「モンスター映画」にとても親しみや思い入れがあるそうで、それについては下記の尾崎一男氏のコラムがくわしいので、ご参照ください。
このグエムルは、アメリカ人医師がホルムアルデビド(強い毒性と発がん性作用を持つ劇薬)を下水に流したことで、漢江に住んでいた何かしらの水生生物が突然変異を起こして爆誕した怪物です。爬虫類っぽい6本脚とラブカの尻尾を川魚にくっつけたみたいなビジュアルです。四方に開く二重になった口が、個人的には推しポイント。
実は韓国では、2000年に龍山米軍基地からホルムアルデヒドが無断放流され、河川がいちじるしく汚染されたという事件(在韓米軍漢江毒物無断放流事件)が実際に起こっており、グエムル誕生のエピソードがこの事件に対する批判であることはあきらかです。水爆実験によって目覚めた怪獣ゴジラに、米国の核実験への批判がこめられているのと似たような感じかな。
本作は形こそモンスター映画ですが、保守派であったパク・クネ政権時代、政府に不都合な文化人としてブラックリストに入れられていたポン・ジュノ監督の、米国と韓国政府への強烈な批判が真の核。韓国の民主化への道のりを踏まえて観てみると、なぜ次男・ナミルが火炎瓶を扱えるのか、とか、エージェント・イエロー(これも米国がベトナム戦争で使用した枯葉剤「エージェント・オレンジ」への風刺になっている)の散布で血を吐く若者が何を暗示しているのか、とか、意味がわかる描写が増えてなかなかおもしろいです。
で、この米韓の闇の化身グエムルなんですが、未知のウイルスを保菌しているホスト(宿主)である可能性があると報じられ、漢江付近はすべて閉鎖、市民も感染をおそれてマスクをつけるようになります。皆がマスク姿で街頭ニュースを凝視する中、咳き込むおじさんに怪訝な目を向ける女性が描かれたりしていて、まさに今現在の日本じゃん、などと。
実はウイルスがいるというのは、ホルムアルデヒド無断流出を隠蔽したい米国のデマだったんですが、作中の韓国政府はウイルス対策に右往左往しています。グエムルに接触があったと思われる人間を強制入院させ、主人公・カンドゥはウイルスによる精神錯乱がみられるとして、無理やりロボトミーのような手術を受けさせられます。さらにはウイルス対策に米国の介入を許し、エージェント・イエローの散布を強行させられる始末。
以下のキャプチャはエージェント・イエローが何なのかという説明がなされているシーンですが、まだ実害もわかっていない最新の化学薬品を、韓国の閉鎖した地区で散布実験してみる、という米国側の魂胆が見え見えです。結局デモ隊がまだ残っているのにもかかわらず散布が始まり、吐血する人、耳から血を流す人、などなど人体に実害出まくりだったんですけど。
ということで、モンスター映画と見せかけて、強烈な社会風刺がこめられている『グエムル -漢江の怪物-』ですが、今見るとその行き当たりばったりなウイルス対策にばかり目が行きます。正しい現状認識と迅速な決断ができないと、まァこうなるワケです。コロナのせいで自粛を余儀なくされウチでNetflixやAmazonプライムをひたすら消化するしかない皆さん、今こそ観ましょう、グエムルを。
余談ですが、ソウルの漢江沿いの汝矣島(ヨイド)漢江公園には、このグエムルの実物大オブジェがあるそうです。韓国に遊びに行った時には絶対に立ち寄りたいスポットだ。口の部分に頭をツッコめるようなので、喰われてみたい方はゼヒどうぞ。