さかしま劇場

つれづれグランギニョル

『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』に見る西洋と東洋、およびその構図が暗示するアイロニーについて【前編】

 前回の記事でも熱弁しましたが、ここしばらくゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド。にハマっています。厄災ガノン(ラスボス)そっちのけで延々と廃墟を徘徊し、そこらじゅうの石をひっくり返し木々を爆破しコログに凸る日々です。マジでコログ全部で900匹もいんの? 集めるのが900年くらいかかりそうなのだが?

 ゲーム初心者なりにいろいろと刺激を受けたブレスオブザワイルドですが、その中でも一番意外だったのが、ブレスオブザワイルドがとてもアジア色の強いゲームであったということです。より正確に言うと、西洋性と同じくらい東洋性もあって、その両者の相対コントラストが非常に強い、とビックリした感じ。

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 リンクって「西洋人」っぽくないですかね。そもそもゼルダの伝説というシリーズ自体、僕は大昔から西洋ファンタジーRPGだと思ってました。というか僕みたいなゲーム詳しくないマンの『ゼルダの伝説』に対する一般的なイメージって、大体そんな感じなんじゃないでしょうか。漫画やアニメもそうですが、ゲームのようなビジュアルコンテンツ(テキストではなく視覚的要素が要となるコンテンツ)って、キャラクターの姿かたちが世界観を表現する重要素なので、 僕は過去にどこそこの広告でリンクを目にして以来「はえ~『ゼルダの伝説』ってなんか西洋ファンタジーっぽいゲームなんやろな(鼻ホジ)」という先入観をずっと抱いてたワケです。

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魔法少女まどか☆マギカ』はそうしたビジュアルコンテンツの特性を逆手に取った「可愛いキャラタービジュアルにそぐわないシリアスなストーリー」という意外性を打ち出したからこそ話題になりました。

 それがブレスオブザワイルドをプレイして「アレッ!?」って揺らいだんです。鼻ホジってる場合じゃないな、という。ブレスオブザワイルドって、西洋人っぽいハイラル人に対して、他の諸民族の立場が非常に東洋的じゃないでしょうか。さらに言えばその相互関係がむちゃくちゃ皮肉。「なぜに僕はブレスオブザワイルドをプレイして世界史の復習をしてるんだ?」と勝手に自問自答していました。まァこれだけの話ではまだ、

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  という声しか聞こえてこなさそうなので、今回は「『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』に見る西洋と東洋、およびその構図が暗示するアイロニーというテーマで、全3回に分けてブレスオブザワイルドが持つ構図の考察をしたいと思います。第1回目にあたる今回は、「ブレスオブザワイルドのハイラル王家はなぜ『西洋的』なイメージを与えるのか?」について。「西洋っぽくね!?」ってあくまでイメージでしかない形容詞に、根拠となる裏付けをしていくのが本稿の目的です。

 続く「ブレスオブザワイルドのどこが東洋的か」は第2回の【中編】へ、最後に「そうした西洋と東洋の相対が何を暗示しているのか」ということは第3回の【後編】にわけました。あわせてご覧いただければ幸いです。 

 なお典拠として、また例の 鈍器 公式の資料本をフル活用していますので、手元にある方はご参照ください。マジでめちゃくちゃ濃厚な資料本だから買った方がイイ。強盗が入ってきてもこれで殴れそうだし。

 

 

キャラクターデザインに見る「西洋性」

 『ゼルダの伝説』およびブレスオブザワイルドにおける「西洋性」は、ハイラル王家」が持つエッセンスに演出されています。そこでまずはキャラクターデザインという観点から、騎士リンクと、ハイラル王家のゼルダ姫、ハイラル王を例に、ブレスオブザワイルドの西洋ポイントを明らかにしていきます。

 

歴代リンクの「西洋性」

 『ゼルダの伝説』の主人公リンクは、これまでどのシリーズにおいてもほぼ同じ恰好をしていたのが、最新作ブレスオブザワイルドに至ってついにその定番スタイルに大きな変更が加えられました。しかし先ほど「そもそも僕はブレスオブザワイルドをプレイする前から『ゼルダの伝説』= 西洋っぽいと思っていた(鼻ホジ)」と書いたので、まずは過去のリンクが演出していた「西洋性」から押さえておきたいと思います。

 では「どのシリーズにおいてもほぼ同じ恰好をしていた」という歴代リンクがどんな恰好をしていたかというと、だいたい毎シリーズ「金髪」「とがった耳」「緑色の服と三角帽」という3要素を兼ね備えたキャラクターとして描かれていました。この要素がなぜ「西洋的」と取れるのでしょうか? 過去作すべてのリンクを挙げていると僕が腱鞘炎になるので、ひとまずこの3要素を決定づけた「初代リンク」を例に説明したいと思います。

 

 時はさかのぼること1980年代。やたらめったに「剣と魔法のヨーロピアンファンタジー」が流行っていたその時代、コンピューターゲームの世界でも、『ハイドラド』シリーズや『ドラゴンスレイヤー』シリーズといった、アクションRPGの草分け的存在となったゲームが人気を博していました。『ゼルダの伝説』は、それらシリーズに任天堂が対抗する形で開発されますWikipediaの受け売り)。なのでのっけから「ヨーロピアン」への意識があったんですね。まァそれはともかくとして、そんなこんなで1986年に発売された初代『ゼルダの伝説』のパッケージがこちら。

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 この矢吹ジョーみたいな前髪をした初代リンクの各要素を抽出し、なぜそれらを西洋っぽいと形容できるのかを解剖していきます。

 

 

 パツキン(金髪)

 東洋人が西洋人を表現する時のわかりやすいテンプレート。以上。

 

 

エルフ耳

 「人ならざる者」を暗示するのによく使われる表現です。ここから彼が、現実世界にはいない、つまりファンタジー世界の住民である、ということがわかりますが、ではなぜこの耳が西洋的でもあるのか? という話。

 西洋には「とんがり耳」という表現自体は古くから存在しています。もともと中世の時代から、宗教画や写本などにおいて悪魔がとがった耳で描かれることがありました。まァ悪魔は野蛮でおそろしい獣の頭で描かれることが多かったので、その「獣らしさ」として、耳もとがらせて描いていただけなんでしょうが。

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中世の百科事典『花の書 Liber Floridus』写本の挿絵。1120年成立。

 それがいつ悪魔以外の耳表現にも及んだのかはわかりませんが、例えば妖精絵師として有名なシシリー・メアリー・バーカーの挿絵には耳がとがった妖精が出てきますし、J・R・R・トールキンも著書『指輪物語』の中でエルフ族の耳はとがっていると設定しており、20世紀前半にはすでに妖精やエルフの耳はとんがってる、という表現が西洋で確立していたようです。

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バーカーの詩画集『樹の花の妖精 The Flower Fairies of the Trees』より。

 日本では後者の『指輪物語』や、同じくエルフ族はとんがり耳を持つという設定のTRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(およびそのリプレイ『ロードス島戦記』)の影響が強く、とんがり耳には「エルフ耳」なんていう俗称が付いていますが、リンクの耳が妖精をイメージしているのかエルフ耳の系譜から引用しているのかはともかく、それが「人ならざる者」以上に西洋風な印象を与えるのは、上記のような表現の歴史と日本への輸入経路があったからだと個人的には考えています。

 

 

三角帽

 西洋の妖精、小人的なイメージから拝借しているのではないかと推測します。スイスの錬金術パラケルススは、古くからの四元素説をもとに、著書『ニンフ、シルフ、ピグミー、サラマンダー、その他の精霊についての書 Liber de Nymphis, Sylphis, Pygmaeis et Salamandris et de caeteris Spiritibus』、通称『妖精の書』にて、四大精霊の概念を提唱しました。そのひとつが大地の精霊「ノーム」ですが、彼らがかぶっているとされるのが、ちょうどリンクがかぶっているような大きな三角帽です。日本でなぜ妖精や小人がよく三角帽を着けた姿で描かれるのかというと、ディズニー映画『白雪姫』のヒットが背景のひとつにあると思われます。この『白雪姫』の小人たちのデザインも、パラケルススの「ノーム」の服装から着想を得ています。

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誰もが馴染み深いであろうこの「小人」のビジュアル原案者はパラケルスス

 ちなみに2作目の『リンクの冒険』でリンクの鼻が丸く描かれてるのも、絶対『白雪姫』で「小人の鼻は丸い」とすりこまれた影響があると思うんですけどね。

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シュールコー

 袖がなく、お腹周りをベルトで締めている黄緑色の服は、12~14世紀頃の中世に西洋で見られた、シュールコー(の男性ver.)の類に見えます。シュールコーは十字軍の陣羽織から派生したと言われる衣服で、本来は鎖帷子などの防具を着けた上に羽織るブツです。リンクは下にドドメ色の長袖を着てますが、これも、手首まである鎖帷子の上にシュールコーを羽織った騎士の1スタイル↓ が転化したもののように思います。(『トワイライトプリンセス』や『スカイウォードソード』では、実際下に鎖帷子を着ている)

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 そもそも西洋では、古代ギリシア、ローマの大昔の時代から、チュニックに代表されるような貫頭衣を腰回りで結わえるスタイルが存在していました。なのでリンクの衣服も、シュールスコーをモデルにした、というよりは、西洋でポピュラーだった貫頭衣から派生した後世の様々なスタイルがゴッチャになって、こんなオタクでも着ないような残念コーデが完成してしまった、という経緯な気はしています。

 

 

両刃の剣

 両刃の剣は東洋にも存在しますが、リンクの手にしている剣は(つば)の部分が左右におおきく伸びており、西洋で好まれた両刃剣のデザインに似ています。『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』からはマスターソード(退魔の剣)が登場し、リンクを象徴するアイテムのひとつして固定化されていきますが、このマスターソードも鍔が左右におおきく伸びている「西洋の中世風」な剣であることに変わりはありません。

 左がブレスオブザワイルドのマスターソード*1、右がスペインの伝説の剣「ティソーナ」のレプリカです。古来から鋳鉄の産地であったスペインのトレドは、中世に質の高い刀剣の産地として名を馳せましたが、「Tledo sword(トレド 剣)」なんかで検索すると、上↑のようなマスターソードとよく似たデザインの剣をたくさん見つけることができます。

 

 

 雑デザインすぎてズッコけそうですが、十字架=キリスト教=西洋という安易な連想に役立つ柄ではあります。実際に11~13世紀にかけて各地で黒歴史を量産した十字軍は、このように表に大きく十字架をあしらった盾を使っていました。

 一応補足しておくと、中世のいろいろな写本の挿絵を見比べた限りでは、十字軍が持っている盾にこんなデカデカと十字架があしらわれたモノは決して多くは見つかりません。描かれているほとんどは一族の家紋っぽい装飾がなされた盾で、お前ら神よりも自己主張が激しいな……っていう。まァ下↓のような挿絵も残っているので、ポピュラーじゃなかったとしても存在したことに違いはありません。

大英博物館所蔵『メアリー女王の黙示録(The Queen Mary Apocalypse)』挿絵より。14世紀成立。

 この間に合わせデザインみたいな盾は、『ゼルダの伝説 時のオカリナ』からはハイリアの盾という定番アイテムにとって代わっていきます。中世ヨーロッパでは、それまで使われていた細長く巨大な盾「カイトシールド」が重く扱いづらいことから小型・軽量化して、「ヒーターシールド」と呼ばれる、ちょうどアイロンの底のような形をした盾が登場したのですが(上↑の挿絵の盾もヒーターシールドです)、小型のハイリアの盾は、この機動性に富んだヒーターシールドを連想させます。

 

  ちなみに余談ですが(読み飛ばしておk)、ハイリアの盾のような上辺が山形になった盾は、創作の世界ではよく見るものの、現実に実戦用として作られたものの中にはこのような形はほぼ存在しなかったようです。単純に視界が悪くなりますし、「紋章が描きづらくなる」というのも理由のひとつなのではないかと推測します。というのも、西洋には古くから盾に家紋を描く風習があるのですが、模様の向き、配置、彩色の数などすべてに、日本の家紋文化なんて足元にも及ばないレベルですさまじい数のルールが存在しており、盾の形を大きく変えてしまうとこの「どこに何を描くか」という厳密なルールが守れなくなってしまうからです。森護氏の『ヨーロッパの紋章―紋章学入門 (シリーズ紋章の世界)』などをご参照いただくと、そのルールの複雑さと厳格さがよくわかります。この本、難解な紋章学を初心者にもわかるよう明快かつ丁寧に解説してくれていて、僕個人も愛用しているオススメの良書です。

 

 

追記(2020.8.14)

 

 ソース元となるファミ通を探しております。情報お寄せください。

 

 

 以上、初代リンクを例にした、これまでのリンクがなぜ「西洋」の印象を与えてきたのか? という解剖と解説でした。

 

 

ブレスオブザワイルド版リンクの「西洋性」

 最新作ブレスオブザワイルドでは、そんなリンクの「定番ファッション」についに大きな変更が加えられました。あまりに イケメン化 垢抜けたので、これがリンクだとわかってもらえないのでは? と懸念され、こんな広告イラストも描かれたくらい。*2

よりによって並べられてるのが丸鼻リンク……公開処刑はやめてさしあげろ。

 デザイン画はこんな感じ↓。*3 上記で「西洋っぽい」要素として挙げた鍔の広い両手剣は、ゲーム内ではいくらでも他の武器にとって代わるので、残っている西洋要素といえば金髪碧眼ととがった耳くらい。ずいぶんニュートラルになった印象です。

 しかしブレスオブザワイルドをプレイした感想は、リンクはやはり「西洋」側に属するキャラクターだな、ということでした。今作ではリンクの容姿から多くの「西洋性」がそぎ落とされましたが、彼の属性や、彼がいたコミュニティが、一方で彼の「西洋性」を補完しています。

 

 リンクの属性、それは「姫に従事する騎士」であることです。騎士というのがそもそも中世ヨーロッパならではの存在なので、その要素だけでも十分「西洋」なのですが、軍隊の一員でも領主(騎士は装備や馬を維持するための財力が必要なので領主も兼ねていたケースが多かった)でもなく、姫に忠誠を尽くす様子が強調して描かれているのが、彼の「西洋性」の真のミソです。

 中世ヨーロッパでは「美しい姫君や貴婦人のために、騎士が未知の土地を冒険し、民を苦しめる敵や怪物を退治して王や女性に認められましたヤッタネ!」という筋書きの「騎士道物語」と呼ばれるジャンルが大流行しました。いわばラブロマンス、ヒロイック・ファンタジーの先駆けですが、このテンプレートが、ファンタジーブームが巻き起こっていた80年代にRPGのストーリーとして数多く転用され、例にもれず『ゼルダの伝説』にも同じ骨子が与えられました。

 もちろん出発点がそうだったというだけで、シリーズによってはまったく趣が異なっている『ゼルダの伝説』もありますが、ブレスオブザワイルドはこの「騎士道物語」に原点回帰した作品である、と言うことができるでしょう。国難に遭っているゼルダ姫がいて、彼女を悩ませる魔物たちを、騎士リンクが各地を遍歴しながら取りのぞき、姫に認められ、国をも救済する。100年が経ってもゼルダ姫に忠義を尽くすリンクは、高貴な女性に命をささげ奉仕することが美徳とされた騎士道精神の姿そのものです。だいたい中世の騎士道物語では騎士と貴婦人は不倫状態にあったりして、さすがにリンクとゼルダの関係性はそこまでは描かれてはいないものの、姫のために八面六臂の活躍をみせる騎士というリンクの属性は、まさに彼を「西洋的」であると形容するに十分な要素でしょう。

 

 

 

ブレスオブザワイルド版ゼルダ姫の「西洋性」

 そんなリンクが献身するゼルダ姫にもまた、「西洋性」を見ることができます。そういえば初代ゼルダ姫があまりに現在のイメージとかけ離れすぎていて、初めて見た時は変な声が出たんですが、これもまァ『ゼルダの伝説』の出発点が西洋ファンタジーであるという論拠にはなる服装ですね。裾にあしらわれたリボンや、リボン間に渡されたドレープはロココ期、バカデカいパフスリーブはアールヌーヴォー期の、西洋のドレスに見られるエッセンスです。

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 リンクと違って、ゼルダ姫はシリーズによって大きくデザインが変わるので、リンクのように一貫した「西洋性」は持ってはいないかもしれませんが、少なくともブレスオブザワイルドのゼルダ姫は「西洋的」と形容してもイイでしょう。デザインはこんな感じ↓。*4 金髪碧眼、とがった耳という、先述した西洋要素がまずはすぐ見て取れます。

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 彼女が着ている服は、「ブリオー」と呼ばれる、11~12世紀に西洋でロマネスク様式が隆盛した時代に着られていたドレスを想起させます。ブリオーは大きく広がった袖と、身体にピッタリと沿ったラインが特徴で、腰に長いベルトを巻き、下に長袖を合わせて着用されました。イギリスの画家、エドモンド・レイトンの『騎士号授与』という絵に描かれた貴婦人の着ているドレスなんかがまさにブリオーなのですが、その絵をスウェーデンイラストレーターLothlenanさんが『ゼルダの伝説』とマッシュアップされていて、ちょうど良い比較画像になっていたので、参考として貼っておきます。(左がエドモンド・レイトン『騎士号授与』、右がLothlenanさんのマッシュアップイラスト)

 
 
 
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 ゼルダ姫のドレスは胸部とスカート部分のセパレートになっていますが、12世紀には腹部にコルセットのような幅広の帯を巻いて腰を細く見せるという着こなしが存在していたそうで、そのアレンジデザインとも取れそうです。

 

 

 

ブレスオブザワイルド版ハイラル王の「西洋性」

  ハイラル王国のイメージそのものになりますので、国家元首も見ておきましょう。*5 

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  権力者が自身の権力を顕示するために冠をかぶるという行為は世界各国に見られることですが、その中でも特に中世以降の西洋の冠(tiaraではなくcrownの方)には ①サークル状 ②宝石があしらわれた金属製 ②放射状またはアーチ状の装飾 といった特徴が見られます。以下の画像は先述の『ヨーロッパの紋章―紋章学入門 (シリーズ紋章の世界)』43ページからの引用で、これはあくまで紋章学における冠のデザインであるため実用デザインと同じであるかは別問題ですが、「西洋らしい冠」の特徴とイメージはここに一望できますね。

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   ハイラル王の冠は、正面から見るとちょうど、上の画像の右下から2番目(イタリアの子爵)のような形にも見えるので、パッと見「西洋的」です。なのですが、構造をよく見てみると、実はサークルの正面にワシのモチーフが付いているだけ。これは、基本的に装飾がサークルを取り巻くよう対称的に配置されている西洋の冠には見られないデザインです。そのため、この冠ではハイラル王を「西洋的」であると指摘するにはちょっと弱い。

 

 そこで彼の服装を見てみます。先ほど「ゼルダ姫の衣装が11~12世紀頃に流行したブリオーを想起させる」と書きましたが、このハイラル王の服装のモチーフはもっと後世にあると思われます。というのも西洋の貴族の男性は、14世紀頃までは男性版ブリオーやダルマティカといった、足首まであるワンピース型の服を着ていて、このハイラル王のように短い胴着とズボンの組み合わせが台頭してくるのは14世紀後半になってからだからです。以下は離婚したいがために自分で宗教をブッ立てたことで有名なイングランドヘンリー8世(在位:1509~1547年)肖像画ですが、

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 詰め物をして大きくふくらませた(太ってるだけのケースもある)プールポワンに、膝丈まであるジャケットを羽織り、首元に豪奢なネックレスをかけています。個人的にはハイラル王のファッションは、こうした16世紀前半の男性の着こなしを参考にしているのではないかと思っています。

 さらにゼルダ姫とハイラル王の衣服は青色ですが、これはハイラル王家の公式カラーが「ロイヤルブルー」だから。*6(DLC2弾のEx.思い出した記憶 その5「英傑たちの詩」の中でも、ハイラル王が「我が王家の象徴とされてきた由緒正しき色である」と説明するシーンがあります) このロイヤルブルーという色、実はイギリス王室の公式カラーと同じなんですよね。王家の服装の色合いにも、西洋のにおいがただよっています。

 

 以上、ハイラル王家が演出する「西洋性」を、キャラクターデザインという観点から解剖、解説してみました。

 

 

 

建築デザインに見る「西洋性」

 では一方で、ハイラル王家の「西洋性」を補完している建築デザインも見ていきます。例に挙げたいのは、王家と強いつながりがある居城・ハイラル城、その直轄下にある城下町、そして王の霊が現れる時の神殿です。

 

ハイラル

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 ↑公式本よりデザイン画です。*7 青瓦が葺かれた複数の尖塔が印象的で、一瞬「東京ディズニーランドのシンデレラ城?」と見まがいますが、似ているのはモチーフの引用元が同じだからでしょう。シンデレラ城はドイツのノイシュヴァンシュタイン城やフランスのユッセ城をモデルにしたといわれていますが、これらの城に見られる「西洋の城らしい特徴」が、ハイラル城にも散りばめられています。

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【左】ノイシュヴァンシュタイン城 【右】ユッセ城

 例えばという設備は、本来は物見のために造られる軍用施設です。が、ヨーロッパでは、祈りの時間を知らせる鐘を設置するための鐘楼という塔も、主に教会の施設として存在していました。その教会美術が城の建築美術にも輸入されて、後世になると軍事的な必要性より装飾的な意味合いから、華麗な塔が城にも設置されるようになりました。ノイシュヴァンシュタイン城などの塔がとてもとがった形をしているのは、中世に隆盛したゴシック建築への憧憬によるもの。(西洋では12世紀後半からゴシックと呼ばれる様式が花開き、ノートルダム大聖堂ケルン大聖堂に代表されるような高い尖塔を特徴とする建築物が生まれました) ハイラル城は、そうした中世の美術様式を参照した西洋の城から、塔のデザインを引用していると思われます。ちなみにハイラル城の塔も、「もともと見張りのための塔だったのがのちに使われなくなった(のでゼルダ姫の研究室になっていた)*8という裏設定があり、西洋の城における塔の役割の変遷がまんま見てとれるようでオモロイです。

 また、ハイラル城の左右には、低い塔から高い塔に向かって斜めに掛けられた梁がありますが、これもゴシック建築に多用された「フライングバットレス(飛び梁)を想起させます。またもうひとつゴシック建築の特徴である、リブ(力骨)で補強された「リブヴォールト(穹窿)と呼ばれる天井造りが、城の図書室や通路に見うけられます。下↓のスクリーンショットは図書室のものですが、天井がリブでバッテン型×に4分割された四分ヴォールトになってますね。

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 ゲーム内では柱が崩落しすぎてわかりづらかったので下に公式本のデザイン画を引用しますが*9、左右にアーチのかかった円柱がならぶ長方形の庭園は、シリカを想起させます。奥にあるのは祭壇ではなく螺旋階段ですが……。

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※ 城の重要デザインとあまり関係がないので余談になりますが、水くみ部屋のこの木材が露出したつくり、ハーフティンバー様式(半木骨造)っぽいですね。北方ヨーロッパの、城ではなく住宅の建築技法ではありますが、西洋といえば西洋ではある。

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ハイラル城下町

  シンデレラ城もといハイラル城の眼下に繁栄したハイラルの城下町は、下のスクリーンショットを見ていただければわかるとおり、100年前までは巨大な城壁で囲まれていましたスクリーンショットでは前面しか映っていませんが、実際にマップを歩くと町が天然の地形を生かした城壁で囲まれていたことがわかります)

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 日本のそれとちがって、西洋の城下町は多くが周囲を堅牢な城壁で囲んだ「城郭都市」であるという特徴を持っていました。都市同士でよくボコし合いしてたり、地続きゆえに大陸中どこからでも外敵がやって来たので、引きこもって防衛する設備が必要だった、というのが理由です。つねに外国の侵略危機にさらされていたのは西洋だけではないので、ユーラシア大陸のさまざまな国に城郭都市は存在していましたが、欧州最古の城郭都市カルカソンヌ古代ローマ時代から歴史を持つように、西洋は古くから城郭都市の歴史を持つ地域のひとつだったといえるでしょう。

  城壁の上辺にデコボコとした凹凸がありますが、これは「のこぎり型狭間」「鋸壁(きょへき)」「ツィンネ」などと呼ばれる、西洋の古城によく見られる設備です。このスキマから情勢を監視したり攻撃をしかけたりします。

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  かつての城下町内部はこんな感じ。*10 家屋に先述のハーフティンバー様式が見てとれますね。

 

 

 

時の神殿跡

 ブレスオブザワイルドのマップ上には、ハイラル人が信仰する女神ハイリアをまつった建物の跡が点在しています。が、建築様式が見てとれるほど大規模、かつ天井が崩落していないほど保存状態が良い(または公式本で崩壊前の姿が確認できる)ものは、「忘れ去られた神殿」「時の神殿跡」しかありません。「忘れ去られた神殿」は神への礼拝施設というよりは、王家と勇者の歴史を後世に残すための記念建造物だったのですが、「西洋らしい」美術様式が確立していた100年前よりずっと太古の昔の意匠を意図的に用いているため*11、参考にはできません。ということで、ハイラル人の宗教施設の基本形としては、「時の神殿跡」を見ておくのがベターでしょう。

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 先述した塔(鐘楼と思われるが吊り鐘の痕跡はナシ)、リブ・ヴォールトの他、大きな縦長の窓といった、ザ・ゴシック!な造りです。もう西洋の教会まんまです。

 

 以上、ハイラル王家が演出する「西洋性」を、建築デザインという観点から解剖、解説してみました。

 

 

 

まとめ

 以上、キャラクターデザインと建築物のデザインから、ハイラルの西洋性を考察してみました。しかし留意したいのは、僕が「西洋的」であると指摘した記号を完備しているハイラル人と建物は、リンクとハイラル王家、および彼らとゆかりの深い建造物だけである、ということです。MOBのハイラル人どもには、とがった耳以外の「西洋的」な特徴が見うけられません。また彼らの建築物も各々の風土に適したものになっており、そこに上述したような「西洋的」な様式はほとんどありません。そのため、ハイラル人=「西洋っぽい」とくくるよりは、ハイラル王国の支配層が「西洋的」である、とまとめておくべきでしょう。ここに着地するまでに1万字書きました。

 

 書く方より読む方がさじをブン投げること間違いなしな長文になりましたが、何とまだ序章です。次回、【中編】 「ブレスオブザワイルドのどこが東洋的なのか」に続きます。続け。

gothiccrown.hatenablog.com

 

 

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*1:NintendoDREAM編集部編(2017)『ゼルダの伝説 30周年記念書籍 第3集 THE LEGEND OF ZELDA BREATH OF THE WILD:MASTER WORKS ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド:マスターワークス』徳間書店, p.161

*2:同上, p.16

*3:同上, p.16

*4:同上, p.61

*5:同上, p.88

*6:同上, p.61

*7:同上, p.231

*8:同上, p.245

*9:同上, p.237

*10:同上, p.226-227, p.366-367

*11:同上, p.306