さかしま劇場

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『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』に見る西洋と東洋、およびその構図が暗示するアイロニーについて【後編】

ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』における西洋性と東洋性の対立構造を読み解くシリーズ、最後回です。

 【前編】では、ハイラル王家の「西洋性」を、

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 【中編】では、シーカー族と彼らの残した古代遺物の「東洋性」を、それぞれ解剖しました。未読の方は先にご覧いただければ幸いです。

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 以上をふまえて、今回の【後編】では、この「西洋性」と「東洋性」の対峙が暗示するひとつのアイロニー(皮肉)について、個人的な所感を記しておきたいと思います。

 

東洋の技術力をもとに躍進した西洋

 【中編】の「ハイラル王家とシーカー族の関係性」で明らかにした通り、ハイラルの1万年の繁栄は、シーカー族の科学技術によってもたらされたものでした。この「ハイラルの高度な文明はシーカー族の技術によるもの」というのは、 鈍器 公式資料集p.356にも明記されています。ここに我々の世界での「東洋の技術力をもとに躍進をとげた西洋」の歴史をかさねてしまうのは、僕だけでしょうか。

 例えとして、時に「世界3大発明」と呼ばれる①火薬 ②羅針盤 ③活版印刷 を挙げてみます。この3つの技術改良によって、ヨーロッパではかつて15~16世紀のルネサンス期に大きな社会変革が起こりました。フランシス・ベーコンの著書『ノヴム・オルガヌム Novum Organum』にてはじめて列挙されたこの3つは、もとをたどればどれも中国の発明品でした。(製紙技術を足して「4大発明」とすることもあります)

 この3つの発明が西洋社会にもたらした変革をまず簡単にふり返った上で、それがブレスオブザワイルドの世界とどう対応するのかを解剖します。今さら3大発明について復習する必要のない方は「シーカー族の技術力をもとに躍進したハイラル王国」までジャンプしてください。

 

火薬

 爆弾、銃、大砲……この世のすべての火器は、火薬の発明がなければ存在しえませんでした。この火薬をいちはやく発明したのが中国です。7世紀の唐の時代には、硝石、硫黄、木炭を混合した黒色火薬がすでに発明されており、12世紀の北宋の時代には、漢民族女真族の王朝・金とのドンパチの際、火槍(火薬で燃やした竹槍)を活用していたとか。

 ちなみに日本人がはじめて火薬に出会うのは13世紀の鎌倉中期、元寇の際だったと言われています。下の写真はモンゴル軍と戦う、 竹崎季長 たけさき すえなが を描いた 蒙古襲来絵詞 もうこしゅうらいえことば の一部ですが、中央上部に黒い物体が爆発している様子が見てとれます。「てつはう」と注釈が書かれていますが、鉄砲ではなく手榴弾の一種だと考えられています。

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 この火薬がモンゴル帝国のヨーロッパ遠征、または十字軍のイスラム帝国との戦いを通して(諸説アリ)西洋世界にもたらされ、火器の発明につながっていきました。銃や砲の発明はそれまでの西洋の戦闘法を激変させ、その後のヨーロッパ諸国の世界進出、領土拡大にすさまじい力を発揮します。

 

羅針盤 

 15世紀、ヨーロッパには大 海賊 航海時代が訪れます。スペインとポルトガルを中心に、西洋諸国はこぞって海外へ乗り出し、新たな航路と領土の獲得を競いあいました。

 なぜ15世紀に航海ブームが起こったかというと、 イスラム勢力の駆逐 レコンキスタ の成功や西洋諸国同士の覇権争いなど、多様な歴史背景があったのですが、技術面で言えば、荒波にも耐える頑丈なキャデラック船やキャラベル船が発明されたこと、そして羅針盤が西洋に伝わったことが、彼らの外洋航海に大きな力を与えました。この羅針盤も、もとは中国の発明品です。

 雛型となるブツは紀元前にすでに発明されていたとも言われていますが、11世紀の宋の時代には、中国商人が航海の際にジャンク船で羅針盤を使用していました。これがアイスラーム圏のムスリム商人に伝わり、ヨーロッパにも伝播します。西洋の人々はその知識をもとに、揺れる船の上でも正確に方位を調べられる宙づり式羅針盤を開発し、遠洋航海を可能にしました。

 

活版印刷

 7世紀の唐の時代には、中国ではさかんに木版による印刷が行われていたといいます。韓国には「無垢浄光大陀羅経」 むくじょうこうだいだらにきょう  (751年)という現存する印刷物で世界最古の印刷物が残っており、日本にも「百万塔陀羅尼」  ひゃくまんとうだらに (770年) という韓国の次に古いとされる印刷物が残っているなど(↓下記画像)、東洋には古くから印刷技術が存在していました。

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出典:国立博物館所蔵品統合検索システム(https://colbase.nich.go.jp/

 しかし一枚板に彫られた木版は、彫ってあること以外の印刷はできません。そこで一文字ずつ活字を作り、それらを組み合わせた活版によって色んな印刷を可能にする活版印刷が編み出されました。

 それがどう西洋に伝わったかは明らかでなく、ドイツのグーテンベルクおじさんの独自発明ではないか、とも言われていますが、重要なのは無限に複製可能な印刷物によって広く民衆に情報を伝えることができるようになったという点です。それまでの読み物といえば手書きの写本くらいで、ドチャクソ高価ゆえに限られた人しか閲覧できませんでした。そんな時代に、ビラだの書籍だの民衆が同じ内容を共有できる読み物が出現した……これがいかに大きな情報革命だったかは、想像にかたくありません。

 当時ドイツでは、免罪符をバラまいて荒稼ぎしていたカトリック教会を 嫌儲 ルターが批判し大問題になっていましたが、これが宗教革命という大きなムーブメントにつながっていったのは、大量発行できる印刷物によってルターの主張が広く国内に広まったからでした。

 

シーカー族の技術力をもとに躍進したハイラル王国

 以上の世界史を、ブレスオブザワイルドの世界と比較してみます。

 例えば「火薬がもたらした戦力」でいうなれば、「東洋」側であるシーカー族から、「西洋」側であるハイラルに、「四神獣」や「ガーディアン」といった最強メカが伝えられています。これによってハイラル王家は絶大な武力を手にし、厄災ガノンに容易に打ち勝つことができました。「東洋」由来の火器によって強力な戦力を得た「西洋」という構図です。

 ちなみに「西洋」側のハイリア人が、古代遺物を失うとドチャクソ前近代な武器しか使えなかった疑惑については、ブレスオブザワイルドの廃墟についてまとめた記事の「アッカレ砦」の項目にて考察しています。

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 また、方位を示す機器にはシーカータワーが相当するでしょうか。ハイラルの広大なマップを攻略していくためには、シーカータワーの起動が欠かせません。「西洋」側であるリンクが、「東洋」側であるシーカー族の技術 = シーカータワーを利用してゲーム世界を開拓していく様子は、羅針盤によって世界をまたに掛けたヨーロッパ人を想起させます。

  活版印刷については、ブレスオブザワイルドの世界に対応するものはありません。情報の複製という意味では、かろうじてシーカーストーンの「ウツシエ」機能が挙げられるかもしれませんが、それが国を動かすほどの情報伝達に直接的に役立ったかといえばビミョーです(それによってクエストをクリアしたリンクが国を救う……という意味では、間接的には役立ってるかもしれませんが)。僕はむしろ、ゲーム内で繰りかえし登場した下記の絵画に「東洋」が「西洋」にもたらした情報伝達という構図を見ています↓。

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 中央に、勇者と姫が古代遺物の戦力を得て厄災ガノンを封印した様子、そして周囲にシーカー族の活躍と追放を描いた*1この絵は、ゲーム内ムービーやカッシーワの歌の中でたびたび登場してきます。ブレスオブザワイルドの世界観を鑑みるに、これは多分印刷されたものではなく手で描かれたもので、古代遺物の随所に散りばめられている古代シーカー文字がここにも書かれていることから、シーカー族が描いたものと推測されます。そしてハイラル王国が滅びた後も、これはカカリコ村のインパの背後に飾られて保管され続けてきました。

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インパの背後にご注目。

  この現在飾られている絵がオリジナルなのか複製なのかということは重要ではありません。重要なのは、「東洋」側であるシーカー族によって残されたハイラル史の記録が、シーカー族によって保管され、「西洋」側のリンクに伝達されることで、リンクが記憶を取りもどし国家を変革するという経緯です。 印刷技術の伝播でこそないにしろ、情報を絵画として伝達するという一手段を「東洋」側が講じ、それによって「西洋」側に、それまで知り得なかった(正しくは記憶を失っていた)情報を入手する機会が生まれる。さらにそれが、民衆ではなくリンクという一個人の手によるものではありますが、ハイラル王国という「西洋的」社会を変える結果につながった。インパというシーカー族がハイリア人の記録を保管している情景から、そうした構図を読み取ることも可能でしょう。

 

 しかしあくまで、火薬=四神獣やガーディアン、羅針盤=シーカータワー、活版印刷技術=ハイラル史の絵……というのはこじつけにすぎません。「世界の3大発明」の話を持ち出したのは、ただ東洋由来の技術が西洋社会の転機のきっかけとなった例を挙げるためだけなので、別にこの3つの発明じゃなくてもホントは何だってイイ。

 我々の世界では以上のように、東洋由来の技術が、ヨーロッパ諸国の変革や世界進出をもたらした、という歴史がありました。そしてブレスオブザワイルドの世界でも、シーカー族の技術によって、ハイラルの繁栄やリンクの再活躍が叶った、という設定があります。 僕がここで本当に言いたかったのは、このふたつを重ねて見ることもできるのではないか、という可能性についてです。

 

 

 

少数民族による宗主国への恨み

 ハイラル王国には、国民の大多数を占めるハイリア人の他に、リト、ゾーラ、ゲルド、ゴロンという4つの少数民族が暮らしています。それぞれに独自の文化を持つ同一民族で構成された集落を形成しており、「王」や「族長」といった首長を戴いていることから、ハイラル王国とは連合国の関係にあるようにも思われます。しかし例えば、DLC2弾 Ex.思い出した記憶 その5「英傑たちの詩」の中で、彼ら諸民族はリンクと並んで王からハイラル騎士の証である青の衣を授けられており、王国を護れなんて命じられてもいるので、どうもハイラル王家の支配下にありそうだといいますか、仮に各集落に自治が許されていたとしても、宗主国ハイラル王国なんだろうな、という印象です。

 ハイラル王家と諸民族の関係性はおおむね良好のようですが、ゾーラの里で出会うムズリの発言が興味深いです。「ハイリア人どもは 信用できませぬ!! 100年前 古代文明の力なぞ持ち出して ハイラルをこんなにしてしまったのですゾ!」

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  大航海時代を通して世界に進出した西洋の列強諸国は、あちこちに競って植民地をつくっていきました。それによって圧政や文化破壊行為を受けた、アフリカやアジア諸国が少なくありません。ヨーロッパの国々がなぜ世界侵略に有利だったかについては様々な要因がありますが、そのうちのひとつには、やはり彼らが植民地に対して圧倒的な軍事力を所持していたことが挙げられるでしょう。15世紀頃からはじまる大航海時代には、先述の通り東洋の発明である火薬から火砲を発明して新大陸の現地民を圧倒し、近代に入ると、科学革命や産業革命といった変革によって生まれた武器を手に、アジア諸国を侵略していきました。

 ブレスオブザワイルドの世界において、ハイリア人が古代文明の力で少数民族支配下に置いた過去があるのかどうかはわかりません。しかし、「東洋」側であるシーカー族からもたらされた古代遺物が「西洋」側のハイリア人の強力な武器になり、また古代遺物のせいで国が滅びたのはたしかです。ゾーラのような少数民族から見れば、ハイリア人が得体のしれないカラクリをもちだして自分たちを窮地におとしいれた、と認識してもおかしくはないでしょう。そしてそれは、西洋の(当時の)未知の近代兵器によって国が蹂躙されたという東洋の立場とかさなるものでもあります。ムズリの発言は、そうしたかつての東洋、あるいは西欧列強の植民地とされた現地民の怒りを想起させます。

 

 

 

はたしてそれは「黒い任天堂」の意図か

 以上、ブレスオブザワイルドにおける「西洋性」と「東洋性」の対峙が、かつて西洋が東洋の技術をもって躍進し、皮肉にもそれがその後の西洋に搾取される東洋の苦難を生んだ……という世界史とオーバーラップして見えてくるという話でした。

 しかし僕は何も「任天堂が歴史上の西洋と東洋の対立を皮肉ってブレスオブザワイルドにその構図を落としこんだ」と主張したいワケではありません。たしかに任天堂のゲームは、ブラックな 暗喩 メタファ や社会風刺がこめられていると指摘されることがあり、時にそうした一面は「黒い任天堂」と呼称されたりしますが。

dic.pixiv.net ブレスオブザワイルドのハイラル王家が「西洋っぽい」のは、【前編】で指摘した通り、『ゼルダの伝説』シリーズが「剣と魔法の西洋RPG」に端を発し、そうした中で生み出された主人公リンク及びハイラル王家が、ブレスオブザワイルドまでその「西洋らしい」デザイン性を引き継いできたからにすぎません。また、その「西洋性」に対する「東洋らしい」デザインも、これまでのゼル伝シリーズになかった目新しさとして、または「西洋性」に相対するものとして、登用されたにすぎないでしょう。
 ただそうした制作側の諸事情の結果、ブレスオブザワイルドには偶発的にも「西洋」対「東洋」の構図が生まれました。それがバックグラウンドにあるストーリー設定のせいで、僕たちの世界で繰り広げられた西洋と東洋の対立の歴史とオーバーラップしている、と読み解くこともできるようになっているのではないか。そうしたブレスオブザワイルドの持つ世界構造をとらえる視点の一可能性を示唆して、本稿のまとめとしたいと思います。

 長々と読んでくださり、ありがとうございました。

 

 

 

*1:NintendoDREAM編集部編(2017)『ゼルダの伝説 30周年記念書籍 第3集 THE LEGEND OF ZELDA BREATH OF THE WILD:MASTER WORKS ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド:マスターワークス』徳間書店, p.360