『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』に見る西洋と東洋、およびその構図が暗示するアイロニーについて【中編】
前回の記事で、「ブレスオブザワイルドのハイラル王家はなぜ『西洋的』なイメージを与えるのか?」という考察を行いました。 今回はその続きとなる「ブレスオブザワイルドのどこが東洋的なのか」を考察する【中編】となります。【前編】を未読の方は以下のリンクからどうぞ。
ハイラル王家の「西洋性」に対峙する「東洋性」、それはシーカー族および彼らが生み出した「古代遺物」に見ることができます。ブレスオブザワイルドには、
というおもしろい対峙構造が見られるのですが、これがまた「西洋性」⇔「東洋性」の対峙にもオーバーラップしています。
これには製作側の明確な意図があることが、さまざまな資料から読み取れます。ニンテンドードリーム2017年5月号のインタビューでは、アートディレクターの滝澤智氏が「アートスタイルも含めて全般に、そもそも和でいきたいという思いがあった」と発言しており、古代遺跡や神獣、祠などのデザインは日本の縄文時代の遺物を参考にしたとコメントしています。
また、 鈍器 ブレスオブザワイルドの公式資料集の中でも、「プロジェクト最初期から今回の『ゼルダ』では「倭」の文化をどこかに作り上げたいと考えていた」と米津真氏が語っており、日本の里山や棚田をモチーフにカカリコ村が構成されたり、忍者のイメージからシーカー族がデザインされたことが明かされています*1 また、神獣のデザインについて「西洋美術的な価値観とは違う方向性を模索した」と信太文氏が語っており、そのベースに日本の縄文土器や東南アジアの舞踊のお面などがあったことが明言されています。*2 これだけで「ハイラルの『西洋性』に対して古代遺物は『東洋性』そのものだ!」と話を終わらせてもイイのですが、そこは顔真っ赤ブログですので、もう少しこまかに解剖していきましょう。
ということで今回の【中編】では、まず「古代遺物」を作り出したシーカー族とハイラル王家の関係性を先に明らかにしておきます。その上で、 ゲーム内に登場する「古代遺物」のデザインと、その生みの親であるシーカー族のキャラクターデザインというふたつの観点から、ハイラル王家の「西洋性」に対する「東洋性」を列挙し、その対峙構造を見ていきます。
ハイラル王家とシーカー族の関係性
まずは「西洋的」なハイラル王家と「東洋的」なシーカー族がたがいにどういう歴史をたどって来たのか、その関係性を明らかにしておきましょう。両者の関係性はゲーム内でもちらほら説明されていますが、それをまとめたのが以下の年譜です。*3
ハイラル人もシーカー族も、女神ハイリアを信奉する、いわば同じ宗教体系を共有する民族ですが、その神話の中で、ハイラル王家の祖先は女神ハイリアの生まれ変わりである、とされています。*4 日本国民が戴く天皇も、祖先をたどれば天照大御神につながる(らしい)ので、まァ皇族の祖が神だというのは世界中のあるある伝説ですね。そして一方のシーカー族は、この生まれ変わりを護る使命を与えられ、女神から遣わされた民族だと言い伝えられています。*5 そうした宗教思想から、1万年も前から(!)この女神の血を引いたハイラル王家が国を統治し、シーカー族は彼らの繁栄と権力を陰で支える、という相互関係がつづいてきました。
さて、1万年以上前、厄災ガノンと戦いつづける王族を支えるため、シーカー族は高度な科学技術を王国にもたらしました。それが今現在「古代遺物」と呼ばれているブツの数々です。王国はその力を享受して大いに栄え、1万年前にふたたびガノンが復活した際にも、古代遺物「四神獣」や「ガーディアン」を活用してその封印に成功しました。
しかしここでハイラル王家に、とある疑念が生まれます。彼らの権力性とは、その代々受け継がれし神聖な力(封印の力)――いわば「魔法の力」です。対するシーカー族がもっているのは、すさまじい「科学の力」でした。「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」とはSF作家アーサー・C・クラークの言葉(「クラークの三法則」における3つ目の法則)ですが、まさにシーカー族の高度な科学技術は、ハイラル王族の魔法の力に匹敵するものでした。
それを脅威と感じたハイラル王は、シーカー族の追放と、その技術の廃絶を命じます。あらゆる古代遺物は地中深くに埋められ、シーカー族はカカリコ村に隠れて暮らすようになった穏健派と、ハイラル王家を憎みその打倒をもくろむ過激派「イーガ団」に分裂します。
古代ローマを滅ぼしてからルネサンスが花開くまでの中世ヨーロッパは、大きな文化発展が見られないことから「暗黒時代」などとディスられることがありますが、シーカー族の科学技術に関する知識が失われて以降、現代にいたるまで大した文明進歩を見せていないハイラル王国はまさに「暗黒時代」にあったと言ってもイイんじゃないかと個人的には思っています(盛大なディス)。シーカー族の技術力をほうむったハイラル人がどんなヘボ武器しか使えなかったかということについてはこちらの記事↓でも ディスって 語っていますので、あわせてどうぞ。
そんなこんなで時は流れ今から100年前。占い師が厄災ガノンの復活を予言し、ピョドったハイラル王家は、ガノンに太刀打ちする戦力を得ようと古代遺物の発掘調査に乗り出します。さすがにもう迫害はされていないので、プルア、ロベリー、インパといったシーカー族も研究に参加し、ゼルダ姫もここに参加。しかし祠とシーカータワーは起動できないまま、四神獣とガーディアンはガノンに乗っ取られ、あえなくハイラル王国は滅亡します。
1万年以上つづいたハイラル王家は途絶え(たかに見え)ましたが、シーカー族はカカリコ村で勇者の目覚めを100年間待ちつづけていました。また、プルアはハテール地方で、ロベリーなアッカレ地方で研究を進め、古代遺物についていくらかの解明にこぎつけるなどしており、シーカー族のハイラル王家への忠誠は王家が滅びてなお健在の様子です。えらいね、シーカー族。
ハイラル王家とシーカー族の関係性は、陽と陰、光と影でもあり、また両者の命運を古代遺物が大きく左右してきたことが、以上の歴史から読み取れます。
キャラクターデザインに見る「東洋性」
では以上の関係性をふまえた上で、まずはシーカー族のキャラクターデザインという観点から、ブレスオブザワイルドにおける「東洋性」を解剖していきます。公式資料集にハッキリと「和のテイストを取り入れた」と書いてあり*6、そんな記述がないために血眼になって「西洋っぽい」を論証した前回ほど文字数は要らないと思うので、簡単にだけ。
パーヤの「東洋性」
まずはカカリコ村の一般人の服装として、パーヤのファッションを解剖します。なぜパーヤかというと、かわいいからです。
頭長のまげにかんざしのような飾りをさしていますが、これはお箸がモチーフになっているそうです。*7 箸は現代でも日本、中国、朝鮮、東南アジアにいたるまで広く食事に使われており、東洋の食器道具の代表格たるひとつですね。
左右のもみあげを丸く結わえているのは、美豆良という古墳時代の髪型を連想させます。耳の上で結んだら「上げ美豆良」、耳の下に垂らしたら「下げ美豆良」というそうです(まんまやん)。
長い髪を左右にわけて耳の前で結んだこの髪型は、もとは成人男性の髪型だったのが、奈良時代になると子供や若者の髪型にうつり変わっていきます。例えば以下の画像は、聖徳太子を描いた最古の肖像画と伝えられる「唐本御影」で、飛鳥時代に生きたはずの彼らの服装がなぜか奈良時代のファッションで描かれているのですが、太子の両脇にいる皇子(左が弟の、殖栗皇子、右が息子山背大兄王とされる)がちょうどこの「下げ美豆良」のヘアスタイルをしています。若い男性に免疫がないパーヤのうら若き少女性みたいなものが、この髪型に見え隠れしているようにも思えます。
目元に赤い紅を丸く置いているのは、歌舞伎の女形や舞妓のメイクからの引用でしょう。
頬まで伸びたタートルネックのインナーは、忍者的なイメージから来てるのかな? と思います。実際の忍者はこんなインナー着てませんでしたが、この着物の下にシャツを合わせるスタイル、絶対『忍たま乱太郎』の影響があると思うんですよね。『忍たま乱太郎』に登場する忍者って、よく見るとみんな一様に着物の下に黒シャツを着ているんですが、何なんですかねコレ? 原作で鎖帷子を簡略化して表現していたのが、いつの間にかユニクロシャツになっちゃったのかな。
パーヤのインナーが紺色なのもミソです。忍者の服装は「黒装束」だと思われがちですが、たとえ夜でも月明かりなどで真っ暗ではないので、漆黒の服を着ていると逆に輪郭が目だってしまいます。なので忍者の着物は、灰色や茶色の他、「クレ染め」と呼ばれる紺色が主流でした。そもそも、虫やマムシ避けの効果がある「クレ染め」は当時の伊賀や甲賀の一般的な野良着(仕事着)の色だったそうで。こうした一般の農民に混ざって忍者は活動していたワケです。
インナーの上には着物を思わせる前開きの上着を着ています。胸下の高い位置でベルトを締めているのも、女性の着物の帯締めと似ていますね。
また、手の甲から手首まで覆っている手甲は、甲の部分が「やま」といわれる三角形になった平型形状のもので、本来はその先についた紐に中指を通して、手首周りで紐やこはぜで固定します(親指まで通す部分がついたものは筒型形状と言います)。見る限りパーヤの手甲には中指で固定する紐は付いていなさそうですが、ともあれ手甲もまた、古くから農作業や旅の防具として使われてきた日本独特の服飾です。
コーガ様
伊賀の忍者が名前の由来と思われる「イーガ団」の総長。イーガ団はよく見ると服装自体はそこまで東洋的ではなく、チョンマゲのような髪型や日本刀のような武器、忍者のようなモーションでかろうじて東洋的(日本的)エッセンスを演出するにとどまっています。それは以下のコーガ様*8にも言えることですが、チョンマゲの他に大きく開いた襟とフリルが、実は彼の東洋ポイント。
世はまさに大 海賊 航海時代! 世界をまたにかけたポルトガルとスペインにせっつかれ、日本は16世紀頃から西洋との南蛮貿易をはじめます。その時に輸入された西洋のファッションが大名や金持ちの間で流行し「南蛮装束」などともてはやされるのですが、これを流行らせたのが、かの織田信長だったといわれています。信長はマントやひだ襟を日常的に着用していたそうで、コーガ様の高く立てた襟はマントの襟、肩にかかったフリルはひだ襟から着想を得ているのではないかと思います。どちらも西洋由来のアイテムでありながら、チョンマゲと合わせている点が実に「東洋的」な着こなしなんですね。ちなみに天草四郎なんかが付けてるアレも当時流行ったひだ襟です。(なんで天草四郎は毎度ひだ襟付けてる姿で描かれるんですかね)
導師
お箸のかんざしや笠など、東洋的なモチーフも身につけてはいますが、彼らが演出する「東洋性」はそのビジュアルよりも存在意義にあるといえるでしょう。画像は公式資料集p.102より。
全マップに120人点在している彼らは、ふたたび訪れる厄災に立ちむかう勇者を鍛えるべくおのおのが試練を設けた祠を作り、そこで1万年もの間、勇者の訪れを待ちつづけていました。民を救うため永遠の祈りに入った彼らは、まさにこの世界の即身仏といえるでしょう。てか資料集にハッキリ「即身仏」ってかいてあるからそれでイイよもう。*9
即身仏とは、日本の山形県などの一部の地方に見られる民間信仰で、自身の命と引き換えに衆生の苦しみを救うため、あるいは56億7千万年後の弥勒菩薩の到来にそなえるため(諸説あります)、その身をすさまじい苦行の末に自力でミイラ化させた僧侶のことです。即身仏となった僧侶たちは「死んだ」のではなく、「生死の境を超えた永遠の瞑想に入った」と捉えられます。ブレスオブザワイルドの導師たちも、弥勒菩薩でこそありませんが、世界を救うこととなる勇者の訪れを永遠の瞑想と共に待ちつづけていました。そして祠の試練を無事クリアした勇者リンクを見届け、自身の使命の終わりを悟って、塵と消えてゆくのです。まさに彼らの存在は「東洋的」、「日本的」な宗教観の表出だと言えるでしょう。いつも消える時スキップしてごめんな!
以上、シーカー族が演出する「東洋性」を、キャラクターデザインという観点から解剖、解説してみました。
古代遺物のデザインに見る「東洋性」
では一方で、ブレスオブザワイルドの世界観に「東洋性」を強く与えている古代遺物のデザインも見ていきます。
ガーディアン
序盤から泣かされまくったコイツへの恨みがいまだ消えていません! 胴の部分が、日本の縄文時代に作られた火焔型土器をモチーフにしているそうです。*10
↑このガーディンさかさまにすると……見えるぞ……私にも 敵 土器が見える……!(CV:池田秀一)
ガーディアンのモチーフを火焔型土器から拝借したことで、古代遺物のデザイン方向が決定づけられてゆき、他の遺物にも縄文の意匠が取り入れられていくこととなります。シーカータワーやシーカーストーンは、高層建築やスマートフォンのような近未来の産物を連想させるアイテムでありながら、火焔型土器特有のウネウネとした意匠をほどこしたことで、謎の古代文明といった雰囲気を演出することに成功しています。
祠
祠もまた、火焔型土器をさかさにした形によく似ています。シーカーストーン端末やエレベーター台座といった随所にも、火焔型土器特有のウネウネ模様がほどこされていておよそマシンといった印象を与えません。
祠の奥には導師が鎮座している台座がありますが、これは帳台を連想させます。
2年前の皇位継承の儀式でも、天皇と皇后が即位宣言の際にのぼられた高御座と御帳台が登場しましたが、これも帳台の一種です。古くから日本では、貴人がこうした台座に座って、つまり一段と高くなった目線から謁見を行うということがなされてきました。
例えば紫宸殿なんかを見ていただくとわかるのですが、こうした帳台が置かれた寝殿は中庭と階段でつながっており、それが導師の台座前の階段に反映されているようにも見えます。まァこの階段ないと導師ツンツンできないのもあるんだけど。
四神獣
火、風、水、土(雷?)という四元素はエンペドクレス、アリストテレスに端を発する西洋の概念です。また、サラマンダー(トカゲ)、鳥、象、ラクダといった神獣の元ネタの動物も、多分わかりやすさを優先したのでしょう、そこに通底するような概念というか統一性は見受けられません。しかしその装飾には先述の通り、火焔型土器のようなウネウネ模様がたくさん取り入れられており、デザイン面で「東洋性」を演出しています。
公式資料集p.201では、「先行して存在したガーディアンや縄文土器をベースにしつつ、東南アジアの儀面や子供が描いた絵などを参考にした」とデザイナーが語っています。「儀面」なんていう用語は日本語に存在しないので、適当な用語作ってんじゃないよとツッコミたくなりますが、多分儀式用のお面ということを言いたかったのでしょう。東南アジアには数多くのゆたかな伝統舞踊があり、そのうちのひとつに「トペン」と呼ばれる奇抜なお面をつけた仮面舞踊があります。こうしたところから引用したのかと推測しつつ、個人的には仮面舞踊よりバロンなんかが下敷きになっているのでは?と想像しています。バロンはいわばバリ島の獅子舞で、悪の魔女と戦う、猛き善良な森の神として描かれます。
豪奢な衣装もさながら、顔周りに大きな装飾が広がった仮面が特徴的で、神獣のデザインはこのバロンのような装飾性を参考にしているのではないかと思ったり。
以上、古代遺物のデザインという観点から、その「東洋性」を解剖、解説してみました。
まとめ
以上、キャラクターデザインと古代遺物のデザインから、シーカー族に見る「東洋性」を考察してみました。重要なのは、このシーカー族が残した「東洋的」な古代遺物が全マップに点在しており、そこを闊歩する「西洋的」なリンクと常に相対しているという点です。ブレスオブザワイルドには、「西洋っぽい」城下町や、「東洋っぽい」カカリコ村のほかにも、南米の古代文明のようなゾナウ文明であったり、南国のようなウオトリー村であったり、多用な文化が点在しています。しかしそこを網羅していくのは、「西洋的」な王国の復活をめざす「西洋的」なリンクであり、そのために活用し、また世界中で出会っていくのが「東洋的」な古代遺物です。つまり情景はその都度変っていきながら、ゲームの頭からお尻まで、ずっとこの「西洋性」と「東洋性」の相対がつらぬいているのです。
次回いよいよ【後編】では、そのブレスオブザワイルドに見られる「西洋」と「東洋」の対峙構図から読み取れるアイロニーについて、考察していきたいと思います。なんとまだ続きます。続け。