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ヴァレンティノのキャンペーンムービーはなぜ炎上したか

 イタリアのハイブランドVALENTINO(ヴァレンティノ)のキャンペーンムービーが炎上している。

www.fashionsnap.com

 木村拓哉の次女であるKōki,木村光希をモデルに、気鋭のフォトグラファーFish Zhangを演出に迎え、2021年春夏シーズンのキャンペーンとして公開されたものだが、「日本文化を冒涜している」と批難が殺到。VALENTINOは公式サイトやSNSから該当ムービー及び写真を取り下げ、以下のような謝罪文を公開する事態となった。

 

 公式の該当ムービーはもう見られないので、まだご覧になっていない方は転載動画など電子の藻屑を探すしかないが、この動画は寺山修司の映画『草迷宮』にインスパイアされたもの」だったとVALENTINOはいう。ちなみにこれは炎上してからの言い分ではなく、キャンペーン当初から開示されていた情報である(現在はムービーと共に取り下げられてしまったが)

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 僕個人はVALENTINOには何の思い入れもないのだが、10代の頃からずっと寺山修司のファンであり、映画『草迷宮』にも多大な影響を受けたひとりである。今回のキャンペーンムービーの是非はひとまず置いておいて、なぜこのムービーが「オマージュ」と受け入れられることに失敗し炎上してしまったのか。寺山修司卒業論文まで書いた1フリークとして、ここが悪手だったのではないか、と個人的に感じている点を3つ挙げたいと思う。

 

 

①寺山の日本への風刺的側面に気が付けなかった

 寺山修司は自身の著作や映像作品の中で、「日本の土着風景」というものを執拗に描いている作家だ。これは寺山の故郷・青森に対するアンビバレントな感情の現れで、そこには田舎を懐かしく恋しく思う気持ちと、反対に田舎は捨て去るべき呪縛的存在であるという気持ちが共存している。彼が日本の古い土着的な風景を強烈に、強調して描く理由には、郷愁の念を謳う反面、カリカチュアライズ(風刺)の側面もある、ということだ。決して「日本の原風景サイコー!」ではないのだ。もちろん『草迷宮』に描かれている日本の土着的世界にも、そうした寺山の「田舎へのアイロニー」的側面が見え隠れしている。

 ゆえに、『草迷宮』を引用しておきながら「日本文化に敬意を込めて作成された」と言うのはちょっと無理がある。そもそものオリジナルが、日本や日本の田舎のカリカチュアとしての側面を持っていたからだ。オマージュ元として寺山修司を選んだ感性は面白いが、そうした寺山の風刺に気が付けなかったのはマズかったのではないか、と思う。

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②文脈を無視して表層だけ引用した

 キャンペーンムービーの中で一番問題視されているのが、「着物の帯を想起させる布の上をヒールで歩く」というポイントだろう(VALENTINO側は謝罪文に「着物の帯」ではなく「着物の帯を思わせる布」と書いている)

 この描写は『草迷宮』では、主人公が千代女という狂女が住む土蔵に引き込まれていくシーンと、そこから逃げ出すシーンで登場するものだ。『草迷宮』の主人公は亡き母の面影を探して放浪している青年なのだが、この女物の帯をたどり歩いて行くという比喩は、母を追い求める主人公の母恋しさを表現している。また寺山作品において「母」とは同時に呪縛的存在でもあったため、帯を踏むという行為が、母を踏みにじるという意味も同時に内包していたと想像される。

 以上のような文脈あっての「帯の上を歩く」という表現 を、表層  ガワ だけ抽出してしまったのが、VALENTINOのキャンペーンムービーであったように思う。

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 どんな表現も、前後の文脈なくしては成り立たない。過去作品から表現を引用する「オマージュ」というテクニックは、ゆえに文脈まで上手く引用できるか否かが重要なかなめになってくる。今回のキャンペーンムービーのような、説明に尺を割けない作品ほど、その難易度は飛躍的に上がってくるだろう。

 

 

③寺山作品の日本での認知度を把握できていなかった

 もちろんこの世には、文脈説明をしていないオマージュ作品も多数存在する。しかしそれらがなぜオマージュとして成り立っているのか。それは元ネタの知名度が高いからだ。例えば大友克洋AKIRA』で金田がスライドブレーキを掛けるシーンは、文脈関係なしに「このシーンだけ」があまたの作品に引用されている。それは『AKIRA』が今さら説明するまでもない有名すぎる作品だからだ。

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 そして大切なのは、「これがAKIRAのオマージュだと分からなくても、誰も傷つかない」というポイントだ。

 

 寺山修司という名前を聞いたことがある日本人は多いだろう。彼の残した詩や短歌は、今や国語の教科書にも載っている。しかし寺山が前衛的な舞台や映像を多数残していることや、その過激で挑戦的な表現の内実を真に理解している日本人は、実はそう多くはない。

 ゆえに、VALENTINOのキャンペーンムービーを目にした時に、オマージュへの面白さよりも、嫌悪感が先に来る人の方が圧倒的に多いはずなのだ。寺山作品の日本での認知度を把握していなかったのが、今回の失敗の一因だったように思う。

 そしてもうひとつの問題は、オマージュと分からなかった人が傷付く可能性のある表現だった、という点だ。先述した各作品のスライドブレーキのシーンは、たとえ『AKIRA』からの引用であると気が付いてもらえなくても、誰も傷付いたり不快に感じたりはしない。せいぜい見た人が思うのは「かっこいいブレーキの掛け方だな」くらいだろう。しかしVALENTINOのキャンペーンムービーは違った。帯はただの衣類の一部ではなく、日本の文化や芸術に深く関係がある特別なアイテムだ。それを踏むという行為は、『草迷宮』からの引用と知らなければ目を疑う表現だろう。いや、オマージュだと知っていても許せないという人だって多数いるかもしれない。それに関して、最後に以下の所感にまとめたい。

 

 

今回の騒動に対する個人的な所感

 そもそも寺山修司という人は、作品を発表するたびに猛烈な批判に晒されていた「お騒がせな人」だった。常識を疑い、世間を挑発し続けた彼の表現は、今で言う「炎上」と常に抱き合わせだった。

 それはもちろん『草迷宮』も例外ではない。「帯を踏み歩くという描写は寺山にとっての母恋しさと同時に母憎さの表現であった」ということは先ほど書いたが、それを聞いたところで帯を踏むという行為が許せない、という人もいるだろう。それは『草迷宮』公開当時も批判されたことかもしれない。しかしそうした「日本的な日本」に叛逆することが、寺山の表現のひとつだった。彼は旧態依然とした社会通念に喧嘩を売る異端児だった。それが正しいか間違っているかではない。それが寺山のやり方だった。

 ゆえに寺山のオマージュをするのなら、VALENTINOには「批判されても取り下げない」「炎上上等」くらいの覚悟がなければならなかった。その決意なくして、寺山のオマージュをするのは危険だったのではないか。寺山修司の「表現の面白さ」だけに目を付け、彼の「カウンター精神」を理解せずに引用したのが、今回の騒動の最大の失敗だったのではないか、と個人的には感じている。

 

※この記事はあくまで寺山修司の現代への有用性について考察したものであり、VALENTINO批判のために引用することを禁じます。

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『この世界の片隅に』は過大評価されすぎている

 8月になると毎年、テレビでは反戦番組が特集されます。金曜ロードショーでも『火垂るの墓』『硫黄島からの手紙』などが毎年放映されてきましたが、きっとこれからその常連に仲間入りするであろう映画が2016年に登場しました。

 『この世界の片隅に』です。

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 すでにご存知の方も多いと思いますが、これは昭和9年(1934)~昭和20年(1945)の広島を舞台に、終戦を迎えるまでの人々の生活を描いた作品です。

 本作が『はだしのゲン』のようなヒロシマ原爆を扱っていながら、それとは一線を画すと評価されているのは、この作品が「アジってない(扇動的でない)」ところにあるようです。戦争をテーマにするとどうしても作家主義といいますか、作者の「戦争はダメです!」というメッセージが色濃く出てしまって、それに世間はそろそろ辟易してきているのですが、そんな中『この世界の片隅に』はお説教くさくない、でも戦争を考えさせられる作品として、高い評価を与えられているようです。

 確かに僕も鑑賞した際に感じたのは、これは「日々の営みが戦争によって破壊されていく人の話」ではなく、「戦争にいくら破壊されても日々の営みを続けていかねばならない人の話」なんだな、ということでした。ただしその点が手放しで賛美されているところに、ちょっと違和を感じたのも事実でした。

 あらかじめ記しておきますが、僕は『この世界の片隅に』を非常に良くできた作品だと思っています。ただし、その感動は新鮮なものではなく、また世間の評価が『この世界の片隅に』の本質とズレているとも感じています。 ということで、今回は『この世界の片隅に』の個人的評価ポイントと、反対に批判ポイントをまとめておきたいと思います。

 

 

 

概要

 まずは概要から押さえておきます。必要ない方は読み飛ばしてどうぞ。

 劇場版『この世界の片隅に』は、2007~2009年に「漫画アクション」に連載された、こうの史代さんによる漫画が原作となっています。2011年と2018年の2回、TVドラマ化されており、2016年には、片渕須直氏が監督・脚本を手掛けた劇場アニメ―ションにもなりました。今回批判したいのは、この劇場アニメーション版です。

 片渕氏は映画化を企画した2010年から、作品にリアリティをもたらすために徹底した時代考証や現地取材を重ね、2012年には「映画化しまっせ」という制作発表をしたのですが、資金調達のめどが立たず、クラウドファンディングを開始します。当初の目標は2000万円だったのが、期日までに集まったのはなんと3912万円という、クラウドファンディング界での支持者数過去最多人数、金額も(映画部門では)国内最高記録という結果を叩き出し、制作前からかなりの期待を寄せられていた作品でした。そんなこんなで4年間の制作期間を経て2016年に公開された本作は、国内外で非常に高い評価を受けることになります。

 上映時間は120分。本来計画されていたのは150分のプログラムだったのですが、製作費がかかりすぎるということで主に白木リンのエピソードなどがカットされました。このカットされた内容と、新しいシーンも加えて2019年には『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』というタイトルで新しいバージョンも作られています。この新版の上映時間は168分もあるそうで、キャラデザや作画を担当した松原秀典氏によると、アニメーション映画史上最長らしい(ホンマかいな)。

 

 あらすじは今さら説明するまでもないかもしれませんが、主人公の浦野すずが広島市から呉市に嫁ぎ、そこで色々ありながらも自分の居場所を見つけていく、というのが本筋になっています。

 ちなみに作中では主人公らを襲う呉の空襲がたびたび描かれてるんですが、「何で呉にこんなに爆撃が?」と初め観た時はわからなかったんですよね、無知ハズカシー! 呉には東洋一と謳われた海軍工廠があり、戦艦「大和」に代表されるような、あまたの艦艇を作っていたらしい。なるほど、アメリカ軍からしたらここを潰せば日本の海軍に甚大な被害を及ぼせるワケだ。

wararchive.yahoo.co.jp

 で、激化する空襲の中、主人公たちはどうなるのか? という本筋と同時に、すずの実家がある広島市には原爆が落とされます。すずの実家の浦野家はどうなるのか? というのも、本筋と並行して描かれています。

 

 僕たちはヒロシマ原爆という事前知識を持った状態で鑑賞に臨んでしまうので、こういう映画を「原爆というカタストロフまでのカウントダウンの話」と捉えてしまいがちではあるのですが、本作の真のフォーカスは「それでも生活という営みを続けていく」というポイントに絞られています。物資の困窮がある、激しい空爆がある、原爆もある。でもそれはあくまでキャラクターをとりまく時代の情勢にすぎません。「何でも使うて暮し続けるのが、ウチらの戦いですけぇ」というすずのセリフがありますが、僕が観た時に感じたのは、これは「太平洋戦争という戦い」の話ではなく、この時代に「家や台所を守るという戦い」を繰り広げた女の話なんだな、ということでした。

 

 

 

高評価ポイント

  とてもよくできていると感じたポイントを、4つ記しておきます。

 

①生活のリアル

 本作は昭和9年(1934)~昭和20年(1945)の約10年間の生活の様子を描いているワケですが、当時の臨場感が尋常ではない。 正確に言うと、

  1. リミテッドが省きがちなシーンにあえて割かれている作画枚数
  2. 徹底した時代考証にもとづくリアリズム

  の2点において、『この世界の片隅に』は頭ひとつ抜きんでていると感じています。

 

 ディズニーなどのフルアニメに対して、日本のアニメの主流はリミテッドアニメだと言われています。アニメーションとは、1枚1枚絵を描いてそれを連続して写すことで絵が動いて見せる――いわばパラパラ漫画の原理でできているワケですが、フルアニメというのは1秒間に24枚(時に30枚)の絵をすべて描く手法のことを指します。『白雪姫』(1937)などはまさにそれで、キャラクターが静止しているシーンも全部上から線を描き直してるんですよね。その分、フルアニメは写実的でなめらかな動きを表現しやすい強みがあります。

 全然関係ない話ですが『白雪姫』がどれくらいヤバいかというと、例えばジブリは『トトロ』では5万前後だった作画枚数を年々増やして『ポニョ』にいたっては17万枚まで増えてるんですけど、『白雪姫』はそのはるか上を行く25万枚。今でもほとんどのアニメが真似できないバケモンみたいな作画枚数でできています。

 反対にリミテッドアニメは日本でガラパゴス的に進化してきた手法なのですが、1秒間に描く絵が12枚だったり8枚だったり、フルアニメより少なくかつバラバラで、止まって話すキャラクターは顔1枚だけ描いてあとは口だけ別で動かしておくなど、とにかくコスパ重視なアニメづくりの手法です。

 これは日本のアニメが、ディズニーのようなお金をかけた劇場版ではなく、毎週放送のTVアニメから始まっているってのが大きいそうで。1963年に始まった『鉄腕アトム』のTVシリーズは、毎週放送、1回30分という今現在のアニメシリーズの雛型を作り、ここから日本のアニメの本格的な歴史が始まります。この時に虫プロがリミテッド手法を採用して、それが日本のリミテッドアニメの進化の嚆矢となりました。

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 で、リミテッドは動かさなくてもいい箇所はとことん動かさない、描かない手法とも言えるので、するとムチャクチャ動く戦闘シーンとかならはまだしも、何気ない人の会話や食事のシーンは作画枚数を削減されがちな傾向にある。僕たちはそうしたリミテッドアニメの表現に慣れてしまってるところがあるので、生活シーンなんかが挟まってくると、「次に待っているイベントやアクシデントまでの中休み」だと思ってしまうんですね。派手なシーンに比べて集中力が落ちて、肩の力を抜いてしまう。 

 でも『この世界の片隅に』は、この普段リミテッドで手間を省かれがちであった生活シーンにこそ、最大の手間を掛けています。そしてそこを、徹底したリアリズムが貫いています。

 もちろん僕は当時生きてないので、本当に120%リアルなのかっていうのはさすがにわからないんですが、例えば家の作りだとか町の建物だとか、キャラクターの服装、当時の日本の時勢などなど、原作も映画も本当によく調べられてるな~と感じます。原作だと、コマの横にちゃんと注釈も書かれてるんですよね。 例えばすずの父が廃業した理由とか、水原哲の兄が死んだ理由も、ちゃんと歴史とリンクしている。

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 漫画ほど細かい注釈や説明は入れられないにしろ、映画には確固たる別のリアルが存在しています。いくら調べて舞台背景を正確に描いたところで、その場で動作するキャラクターまで正確に描かなければ、アニメーションのリアリズムは成立しえません。例えば以下は、すずの義理の姉・径子が米を研いでいるシーン。

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 水道がないので、左下に水を溜めておく瓶があったり、窓際の貝殻と上に載っているチビた黄色いのは石鹸入れと石鹸でしょう――昔は貝殻の穴が水切りに便利なので、特にアワビなどの貝殻を石鹸やタワシ入れに使ってたそうです。そういう時代考証がきちんとなされた舞台ってのも描かれてはいるんですけど、すごいのは背景以上に、径子の米を研ぐ動作なんです。

 腰をかがめて、力を込めているので右肩があがって指先も力んでいて、米を研ぎやすいように釜をかたむけている。さらにこれは画像なのでわかりにくいのですが、コスパ重視なリミテッドにありがちな、腕だけ動かす作画ではなく、米をひと掻きするたびに上半身が前のめりになって、「全身の力を込めて研いでる」ってのをしっかり作画してるんです。このリアルは、やっぱり人の営みへの誠実なまなざし、観察眼がないとなかなか描けない。

 以上はほんと微々たる例ですが、この映画は徹頭徹尾、生活の中の人間のさりげない動きを忠実に、かつ愛おしげに描いています。当時の家屋や道具を調べて描くくらいならまだ序の口です。その家屋でどう暮らしているのか、道具をどう使っているのか、そこまでリアルに描ききっているからこそ、『この世界の片隅に』のリアリズムは他作品とは一線を画したものになっています。

 

 

②手への強い意識

 『この世界の片隅に』は漫画も映画もキャラクターデザインが独特で、手足が若干大きくデフォルメ化されています。頭が大きいのでそれに合わせたと言えばそれまでなんですけど。

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 視線ってまず大きいものに行くので、映画を観ている間「生活を切り盛りする手」っていうところに意識が向くようになっています。これは演出の効果もあって、主人公のすずは絵を描くのが得意なのですが、作中で何度も手がクローズアップされた状態で絵を描くシーンが出てくるんですね。こういうところからも視聴者は、すずの「手」の存在意義を意識させられます。この誘導は漫画より映画の方が巧みですね。映画はすずの手を視聴者に印象付け、その後起こる事件の悲劇性にわかりやすくつなげることに成功しています。

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 例えば上↑は料理してる時のすずの手ですが、鍋に馬鈴薯を加えている右手が上機嫌で小指が浮いています。また、大根の皮を切る包丁を握っている手も、人差し指が持ち手の上の方を支え、中指、薬指でシッカリ握って、小指は支える程度に添えられてるという、決してグー握りで描かないという徹底した作画。反対に紅を取る時のすずの手は、ちょっと気取ったように、指が曲線的にしなっています。

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 手の作画だけでこんな雄弁なアニメも、(ゼロとは言わないですけど)なかなかないんじゃないでしょうかね。

 アニメの料理シーンとか食事シーンの話をする時、宮崎駿新海誠あたりの作品がよく取り上げられたりしますが、多分宮崎も新海もここまでは描けないんじゃないかなァと思います。描く必要がないというか、彼らが作っているのは女性の手仕事にフォーカスした作品ではないってのもあるとは思うんですけどね。 

 そう考えた時、僕はとある人物の発言を同時に思い出していました。さいとうなおきさんという、ポケモンカードなどのデザインをされているイラストレーターさんがいらっしゃるのですが、彼がにじさんじVtuber・星川サラのファンアートを添削している動画で、こんな発言をされています。詳細は6:47あたりからご確認ください。

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 以前「『鬼滅の刃』の作者・吾峠呼世晴先生は女性」という噂が話題にのぼりましたが、上↑の動画の中で、さいとうさんは「絵を見ればすぐにわかった」ということを仰っています。『鬼滅の刃』では、例えば主人公・炭次郎が妹を助けるために必死に剣の修行をして、手の皮がむけたりタコだらけになったりと「苦労が手ににじんでいる」描写が、何度も何度も描かれています。

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 さいとうさんは「週刊連載というスピード命な漫画制作の中で、ここまで手にこだわって作画時間を割いているのは、手への意識が男性よりもよっぽど強い女性にちがいないと思った」という旨のことを動画内で述べられています。

 僕はこれを聞いてそこそこナルホドな~と思ってですね。「女性だから」「男性だから」って言い方はできるだけ避けたいのですが、ネイルをするだとか、料理だの裁縫だのといった家事だとか、今でこそジェンダーフリーになってきてはいますが、現代に入るまでは女性のおしゃれだったり、仕事であったことは事実です。

 『この世界の片隅に』では、そうした生活を支える女性の手、そして男性以上に強い「女性の自身の手への意識」というのが綿密に描かれています。ただ昭和の生活を描くなら、サザエさんで十分なワケです。でも『この世界の片隅に』は昭和の生活だけでなく、「生活を支える手」というところにまでフォーカスが当たってる。これが、日々の営みを支える女性の強さだとか、しなやかさの演出になっていて、非常に秀逸なポイントだなと感じました。

 一応原作者のこうの史代先生も女性なんですけど、まァ女性だから描けたというよりは、こうの先生は手にこだわりや意識を持っている方だった、あるいは女性ならではの手への強い感覚性みたいなのを理解していて、それを作品に落とし込んだ、という指摘の仕方をした方が、語弊はないかと思います。




③心理の解離 

 主人公のすずは「ぼんやりしている」という性格付けをされていて、絵を描いていると周囲に気づかなくなったり、現実と空想の境があいまいになったりすることがあります。まァこの程度なら誰にでもある、健康的な範囲ではあるんですけど、つまりは心理的な解離を起こすタイミングがあるんですね。

 これが顕著なのが空爆を受けてる時、ショックな事件が起こった時。本来なら一刻を争うような切迫したシーンほど、すずの視界は絵画になって静止してしまいます。

 例えば山の向こうから戦闘機が大量に飛んでくる場面。これから敵機との航空戦が始まるので早く物陰に隠れなければ、と緊張が走った瞬間、すずの視界は絵画になってしまいます。

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 戦闘機が撃ち合いをしている煙が筆で散らした水彩になったり、散らばる砲弾の破片はまるで花火。ちなみに後者はゴッホの《星月夜》のオマージュだと思われます。

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 こうした表現は、「今目の前で起こっていることは現実ではなく、絵に描かれたフィクションなんだ」と捉えようとする心理状況の表れのように見えます。それは、戦争とはまったく無縁の生活者だからこその現実味のなさでもあり、空襲の恐ろしさや今が戦時なんだという事実を心理的に受け入れられない、無意識の心の防衛機能がはたらいているとも考えられます。

 美しい絵画でありながら、そこに落ちているのは戦争の暗い影である、という、またすずが戦時の景色をどう捉えているのか、あるいはどう受け入れられていないのかという暗示になっていて、非常にうまい表現だなと感心しました。


 

④「世界の片隅」であること

 『この世界の片隅に』のタイトルにもつながる、重要なすずのセリフ。それが「周作さん ありがとう この世界の片隅に うちを見つけてくれて ありがとう 周作さん」というものです。映画のスクリーンショットだとわからないので、以下に漫画を引用してきたんですけど。

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 これを聞いた時、僕はその異質さに驚きました。普段サブカル作品にまみれているオタクほど、このセリフは異質に聞こえるのではないでしょうか。

 

 その昔、『世界の中心で愛を叫ぶ』という作品がありました。2001年に小説として出版され「セカチュー」ブームを巻き起こし、社会現象にまでなった大ヒット作品です。このタイトルにも明示されている通り、フィクションで恋愛が描かれると、どうしても世界観が主人公と恋人の周囲に限られがちで、ついついセカイ系と通じるものになってしまうんですよね。セカイ系というのは、物語が主人公とその周囲のみで展開して、主人公の一挙一動が政治や国といった中間項を挟まずセカイの存亡に関わるという、サブカル作品にありがちな、ひとつのストーリーテンプレを指す言葉なんですけど。『最終兵器彼女』『新世紀エヴァンゲリオン』『涼宮ハルヒの憂鬱』とかわかりやすいセカイ系ですね。あと最近のなろう系――というか異世界転生モノもほぼほぼセカイ系

dic.nicovideo.jp

 

 わかりやすく、かつキャラクターの行動原理に簡単に重大な意味を持たせられるので、もはやセカイ系はアニメや漫画のお決まりといっても過言ではないテンプレになっていて、もう食傷を超えて腹壊すレベルで多くの作品がセカイ系の骨子を持っています。そしてそれを鑑みた時、『この世界の片隅に』の異色さが際立ってくるのです。

 『この世界の片隅に』はやわらかな可愛いらしい絵で中和されているものの、作中をわりと複雑でオトナな三角関係が交錯しています。この作品はある意味、それまで顔も名前知らなかった周作という男性といきなり結婚したすずが、周作を自分の好きな人、自分の旦那だと認識していくまでの話でもあります。

 するとここでサブカルがやりがちなのは、「本当の愛に目覚めていく私たち、しかしそれを引き裂く無慈悲な戦争!」という展開です。自分たちの恋愛が第一にあって、それを邪魔する障害をまるで世界の破滅のように、この世の終わりのように描きがちなんですね。

 しかし『この世界の片隅に』はそうではありません。あくまですずは「世界の片隅」にいる女性で、「世界の中心で猛烈な愛に燃える主人公」ではなく「世界の片隅でようやく愛を見つけた主人公」として描かれています。これがなかなか特殊な漫画、映画だと僕は感じました。


 

 

 

批判ポイント

 これだけベタ褒めしておいて何なんですけど、以上は「頭で感動した」ポイントであって、実は僕のハートに『この世界の片隅に』はあまり刺さりませんでした。その理由となった個人的な批判ポイントを3点、併せて書いておきたいと思います。

 

①決して新しくはない視点

 『この世界の片隅に』の評価の多くにこういう声があります。

反戦をアジらない、作家主義すぎないところに新しさがある」

 僕もこれは間違いではないと思っていて、概要で書いた通り、これは「太平洋戦争という戦い」の話ではなく、この時代に「家や台所を守るという戦い」を繰り広げた女の話だと認識しています。でもそれは、あくまで目新しさであって、イコール手放しで評価できるような素晴らしさでもあるのか、というと、それは別だと思うんですよね。グロくてショッキングなシーンをいっぱい描いて、視聴者に戦争の悲惨さを真正面からぶつける作品がすばらしいと言ってるワケではないです。『この世界の片隅に』は戦争批判が弱いので刺さらなかった、と言ってるワケでもない。

 この映画のフォーカスは戦時を生きる人々の「生活」であり「人とのつながり」だと先述しましたが、だた、そんな映画って別に他にもあるよな~と思ったりしたワケです。ロベルト・ベニーニ『ライフイズビューティフル』(1997)しかり。ジュゼッペ・トルナトーレニューシネマパラダイス(1988)も、映画オタクの話みたいに認識されてるかもしれませんが、個人的には戦後の貧しさの中で、映画や村への愛と共に成長した少年の話だと捉えています。

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 まァ上記の主題はホロコースト第二次世界大戦なので、確かに日本の太平洋戦争をそういった視点から描いたという点では『この世界の片隅に』は新しく、かつ偉業を残したと思うんですが、世界を見ればすでにそういう作品あるワケで。「ワーこれは新しいのが出たな」という納得はあったんですけど、今さら「ウワーッこう来るかスゲーッ!」て驚くくらいの斬新さには欠けますし、そこまでに賞賛するようなモンだろうか、印象でした。

 

 

②二番煎じの構造

 「それまでの戦争とは無縁の人の生活を愛おしく丁寧に描いてるからこそ、戦争のせいですずの身に起こってしまった悲劇が胸に迫る」といった評価も目にしたんですが、これも今さら衝撃的!と拍手できるほどのものではないです。日々の何気ない平和な生活がすさまじいカタストロフによって破壊される、このテンプレ自体は戦争モノにしろそうでないにしろ、もう何番煎じ感はしています。

 例えば「原爆」っていうネタに限定して言っても、『草原の実験』(2014)は『この世界の片隅に』とまったく同じ骨子を持つ映画ではないでしょうか。カザフスタンと思われる大草原で父と暮らす美しい少女が、三角関係にもまれたり、別にそんな好きでもない男性の家に嫁ぎそうになったり、そういう家族や男女関係を美しい描き口でえがいてるんですけど、ある日その平和は核実験のカタストロフによって破られる……という。カザフスタンって核実験による被爆がすごく深刻な国らしい。ご存じない方は「セミパラチンスク核実験場」とかで検索してください。

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 レイモンド・ブリッグズの漫画が原作になっている『風がふくとき』(1986)も、仲の良いイギリスの老夫婦が何でもない平和な生活を営んでるんですが、その安寧は核によって破られる、というテンプレ。これ主題歌をデヴィッド・ボウイが歌っててけっこうイイです。

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 まァそんな先行作品があるので、庶民の生活が戦争、原爆といったカタストロフによって踏みにじられるというテンプレにはもう慣れていて、『この世界の片隅に』も、すでに鑑賞前から(多分そういう話だろうな~)みたいな心構えがあったので、頭を殴られるような衝撃には至らなかったです。もちろん悲惨ですし、胸に迫る描写もたくさんあるんですけど。

 

 

 

 

③「泣ける映画」評価への反発

 最後に「『この世界の片隅に』は泣ける映画」とする風潮への反発を書いておきます。

 『この世界の片隅に』を見て涙しました、という事実それ自体は、別に批判されるようなことではありません。どんな作品であろうと、心の琴線に触れてふいに涙がこぼれてしまう、という体験は素晴らしいものだと僕は信じています。なので『この世界の片隅に』で泣きました、っていう体験自体は素敵なことだと思います。しかし『この世界の片隅に』は泣ける映画である、とする評価には、ちょっと疑問を覚えます。

 確かに『この世界の片隅に』の「泣きポイント」は色々あるでしょう。例えば(ネタバレ回避で具体的には書きませんが)、すずの身に大きな事件が起こるシーンとか、終戦のシーンとか、ラストのシーンとか。どうしてこんな理不尽なんだろう、どうしてこんな悲惨なんだろう、みたいな胸に迫るシーンはいくつもあります。あるいは離れたりくっついたりしながら、それでもひとつの共同体として繋がっていく家族の温かさみたいなのにも、ウルッとくる人はきそうです。最後は何となく一家団欒みたいな感じで映画は終わって、そこで泣く人もいるかもしれませんが。でも戦争で何にもなくなって、被爆被害もこれからどんどん明らかになっていって、大変なのはきっと映画に描かれていないその先なんですよね。

 もちろんこれまでのしなやかさで、すずたちはがんばって生き抜いていくでしょうが、その本質って「よーしがんばって生きていくぞ!」みたいなポテンシャルではなく、「それでも生きて行かなきゃいけない」という、もっと厳しいところにあると僕は思います。「世界の片隅」で、何もなくなってしまったすっかり貧しくなった国で、見てる方からすればたくましいなァと感心してしまいますが、本人たちはたくましく生きるぞ!って思う思わない以前に、とにかく生きていかないといけないって次元。 

 つまりこの映画の核はそういった「泣きポイント」以上の、もっと乾いた現実にあるのではないか、というのが僕の自論です。そこを「泣ける」と形容してしまうのは、感情を揺さぶる衝撃的シーンに引っ張られすぎて、本質を美化しすぎなんじゃないか、と思わなくはない。それは観ている側の意識だけでなく、作品自体にもそういうきらいがあるのですが。

 『この世界の片隅に』は人間賛歌の映画です。しかしその賛歌はバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」みたいな綺麗なモンではなく、「ヨイトマケの歌」みたいな、もっと暗くて、土と汗にまみれた、無味乾燥とした現実、そういう次元のものだと思います。

 そしてそれに気が付いた時、果たして『この世界の片隅に』は依然「泣ける映画」なのでしょうか? 本作の鑑賞後に胸の内に湧き出て来るものがあるとすれば、それは涙というよりは、現実の厳しさ、あるいは人の力強さへの気付き、ではないでしょうか。

 

 

 

おわりに

 ということで以上、『この世界の片隅に』の評価点と、しかしながら自身に響かなかった理由を並べてみました。何だか周囲の過大評価のせいでちょっと冷めた気もせんでもない(天邪鬼)ですが、 僕にとっては手放しで褒めそやせるような好みではなかったとしても、戦争を扱ったアニメとして十分に人に勧められる、そんな良作でした。のんさんの演技やサウンドスケープと呼称するにふさわしい音響、音楽も素晴らしいので、一見の価値はあると思います。

 

この世界の片隅に

この世界の片隅に

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『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』に見る西洋と東洋、およびその構図が暗示するアイロニーについて【後編】

ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』における西洋性と東洋性の対立構造を読み解くシリーズ、最後回です。

 【前編】では、ハイラル王家の「西洋性」を、

gothiccrown.hatenablog.com

 【中編】では、シーカー族と彼らの残した古代遺物の「東洋性」を、それぞれ解剖しました。未読の方は先にご覧いただければ幸いです。

gothiccrown.hatenablog.com

 

 以上をふまえて、今回の【後編】では、この「西洋性」と「東洋性」の対峙が暗示するひとつのアイロニー(皮肉)について、個人的な所感を記しておきたいと思います。

 

東洋の技術力をもとに躍進した西洋

 【中編】の「ハイラル王家とシーカー族の関係性」で明らかにした通り、ハイラルの1万年の繁栄は、シーカー族の科学技術によってもたらされたものでした。この「ハイラルの高度な文明はシーカー族の技術によるもの」というのは、 鈍器 公式資料集p.356にも明記されています。ここに我々の世界での「東洋の技術力をもとに躍進をとげた西洋」の歴史をかさねてしまうのは、僕だけでしょうか。

 例えとして、時に「世界3大発明」と呼ばれる①火薬 ②羅針盤 ③活版印刷 を挙げてみます。この3つの技術改良によって、ヨーロッパではかつて15~16世紀のルネサンス期に大きな社会変革が起こりました。フランシス・ベーコンの著書『ノヴム・オルガヌム Novum Organum』にてはじめて列挙されたこの3つは、もとをたどればどれも中国の発明品でした。(製紙技術を足して「4大発明」とすることもあります)

 この3つの発明が西洋社会にもたらした変革をまず簡単にふり返った上で、それがブレスオブザワイルドの世界とどう対応するのかを解剖します。今さら3大発明について復習する必要のない方は「シーカー族の技術力をもとに躍進したハイラル王国」までジャンプしてください。

 

火薬

 爆弾、銃、大砲……この世のすべての火器は、火薬の発明がなければ存在しえませんでした。この火薬をいちはやく発明したのが中国です。7世紀の唐の時代には、硝石、硫黄、木炭を混合した黒色火薬がすでに発明されており、12世紀の北宋の時代には、漢民族女真族の王朝・金とのドンパチの際、火槍(火薬で燃やした竹槍)を活用していたとか。

 ちなみに日本人がはじめて火薬に出会うのは13世紀の鎌倉中期、元寇の際だったと言われています。下の写真はモンゴル軍と戦う、 竹崎季長 たけさき すえなが を描いた 蒙古襲来絵詞 もうこしゅうらいえことば の一部ですが、中央上部に黒い物体が爆発している様子が見てとれます。「てつはう」と注釈が書かれていますが、鉄砲ではなく手榴弾の一種だと考えられています。

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 この火薬がモンゴル帝国のヨーロッパ遠征、または十字軍のイスラム帝国との戦いを通して(諸説アリ)西洋世界にもたらされ、火器の発明につながっていきました。銃や砲の発明はそれまでの西洋の戦闘法を激変させ、その後のヨーロッパ諸国の世界進出、領土拡大にすさまじい力を発揮します。

 

羅針盤 

 15世紀、ヨーロッパには大 海賊 航海時代が訪れます。スペインとポルトガルを中心に、西洋諸国はこぞって海外へ乗り出し、新たな航路と領土の獲得を競いあいました。

 なぜ15世紀に航海ブームが起こったかというと、 イスラム勢力の駆逐 レコンキスタ の成功や西洋諸国同士の覇権争いなど、多様な歴史背景があったのですが、技術面で言えば、荒波にも耐える頑丈なキャデラック船やキャラベル船が発明されたこと、そして羅針盤が西洋に伝わったことが、彼らの外洋航海に大きな力を与えました。この羅針盤も、もとは中国の発明品です。

 雛型となるブツは紀元前にすでに発明されていたとも言われていますが、11世紀の宋の時代には、中国商人が航海の際にジャンク船で羅針盤を使用していました。これがアイスラーム圏のムスリム商人に伝わり、ヨーロッパにも伝播します。西洋の人々はその知識をもとに、揺れる船の上でも正確に方位を調べられる宙づり式羅針盤を開発し、遠洋航海を可能にしました。

 

活版印刷

 7世紀の唐の時代には、中国ではさかんに木版による印刷が行われていたといいます。韓国には「無垢浄光大陀羅経」 むくじょうこうだいだらにきょう  (751年)という現存する印刷物で世界最古の印刷物が残っており、日本にも「百万塔陀羅尼」  ひゃくまんとうだらに (770年) という韓国の次に古いとされる印刷物が残っているなど(↓下記画像)、東洋には古くから印刷技術が存在していました。

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出典:国立博物館所蔵品統合検索システム(https://colbase.nich.go.jp/

 しかし一枚板に彫られた木版は、彫ってあること以外の印刷はできません。そこで一文字ずつ活字を作り、それらを組み合わせた活版によって色んな印刷を可能にする活版印刷が編み出されました。

 それがどう西洋に伝わったかは明らかでなく、ドイツのグーテンベルクおじさんの独自発明ではないか、とも言われていますが、重要なのは無限に複製可能な印刷物によって広く民衆に情報を伝えることができるようになったという点です。それまでの読み物といえば手書きの写本くらいで、ドチャクソ高価ゆえに限られた人しか閲覧できませんでした。そんな時代に、ビラだの書籍だの民衆が同じ内容を共有できる読み物が出現した……これがいかに大きな情報革命だったかは、想像にかたくありません。

 当時ドイツでは、免罪符をバラまいて荒稼ぎしていたカトリック教会を 嫌儲 ルターが批判し大問題になっていましたが、これが宗教革命という大きなムーブメントにつながっていったのは、大量発行できる印刷物によってルターの主張が広く国内に広まったからでした。

 

シーカー族の技術力をもとに躍進したハイラル王国

 以上の世界史を、ブレスオブザワイルドの世界と比較してみます。

 例えば「火薬がもたらした戦力」でいうなれば、「東洋」側であるシーカー族から、「西洋」側であるハイラルに、「四神獣」や「ガーディアン」といった最強メカが伝えられています。これによってハイラル王家は絶大な武力を手にし、厄災ガノンに容易に打ち勝つことができました。「東洋」由来の火器によって強力な戦力を得た「西洋」という構図です。

 ちなみに「西洋」側のハイリア人が、古代遺物を失うとドチャクソ前近代な武器しか使えなかった疑惑については、ブレスオブザワイルドの廃墟についてまとめた記事の「アッカレ砦」の項目にて考察しています。

gothiccrown.hatenablog.com

 また、方位を示す機器にはシーカータワーが相当するでしょうか。ハイラルの広大なマップを攻略していくためには、シーカータワーの起動が欠かせません。「西洋」側であるリンクが、「東洋」側であるシーカー族の技術 = シーカータワーを利用してゲーム世界を開拓していく様子は、羅針盤によって世界をまたに掛けたヨーロッパ人を想起させます。

  活版印刷については、ブレスオブザワイルドの世界に対応するものはありません。情報の複製という意味では、かろうじてシーカーストーンの「ウツシエ」機能が挙げられるかもしれませんが、それが国を動かすほどの情報伝達に直接的に役立ったかといえばビミョーです(それによってクエストをクリアしたリンクが国を救う……という意味では、間接的には役立ってるかもしれませんが)。僕はむしろ、ゲーム内で繰りかえし登場した下記の絵画に「東洋」が「西洋」にもたらした情報伝達という構図を見ています↓。

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 中央に、勇者と姫が古代遺物の戦力を得て厄災ガノンを封印した様子、そして周囲にシーカー族の活躍と追放を描いた*1この絵は、ゲーム内ムービーやカッシーワの歌の中でたびたび登場してきます。ブレスオブザワイルドの世界観を鑑みるに、これは多分印刷されたものではなく手で描かれたもので、古代遺物の随所に散りばめられている古代シーカー文字がここにも書かれていることから、シーカー族が描いたものと推測されます。そしてハイラル王国が滅びた後も、これはカカリコ村のインパの背後に飾られて保管され続けてきました。

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インパの背後にご注目。

  この現在飾られている絵がオリジナルなのか複製なのかということは重要ではありません。重要なのは、「東洋」側であるシーカー族によって残されたハイラル史の記録が、シーカー族によって保管され、「西洋」側のリンクに伝達されることで、リンクが記憶を取りもどし国家を変革するという経緯です。 印刷技術の伝播でこそないにしろ、情報を絵画として伝達するという一手段を「東洋」側が講じ、それによって「西洋」側に、それまで知り得なかった(正しくは記憶を失っていた)情報を入手する機会が生まれる。さらにそれが、民衆ではなくリンクという一個人の手によるものではありますが、ハイラル王国という「西洋的」社会を変える結果につながった。インパというシーカー族がハイリア人の記録を保管している情景から、そうした構図を読み取ることも可能でしょう。

 

 しかしあくまで、火薬=四神獣やガーディアン、羅針盤=シーカータワー、活版印刷技術=ハイラル史の絵……というのはこじつけにすぎません。「世界の3大発明」の話を持ち出したのは、ただ東洋由来の技術が西洋社会の転機のきっかけとなった例を挙げるためだけなので、別にこの3つの発明じゃなくてもホントは何だってイイ。

 我々の世界では以上のように、東洋由来の技術が、ヨーロッパ諸国の変革や世界進出をもたらした、という歴史がありました。そしてブレスオブザワイルドの世界でも、シーカー族の技術によって、ハイラルの繁栄やリンクの再活躍が叶った、という設定があります。 僕がここで本当に言いたかったのは、このふたつを重ねて見ることもできるのではないか、という可能性についてです。

 

 

 

少数民族による宗主国への恨み

 ハイラル王国には、国民の大多数を占めるハイリア人の他に、リト、ゾーラ、ゲルド、ゴロンという4つの少数民族が暮らしています。それぞれに独自の文化を持つ同一民族で構成された集落を形成しており、「王」や「族長」といった首長を戴いていることから、ハイラル王国とは連合国の関係にあるようにも思われます。しかし例えば、DLC2弾 Ex.思い出した記憶 その5「英傑たちの詩」の中で、彼ら諸民族はリンクと並んで王からハイラル騎士の証である青の衣を授けられており、王国を護れなんて命じられてもいるので、どうもハイラル王家の支配下にありそうだといいますか、仮に各集落に自治が許されていたとしても、宗主国ハイラル王国なんだろうな、という印象です。

 ハイラル王家と諸民族の関係性はおおむね良好のようですが、ゾーラの里で出会うムズリの発言が興味深いです。「ハイリア人どもは 信用できませぬ!! 100年前 古代文明の力なぞ持ち出して ハイラルをこんなにしてしまったのですゾ!」

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  大航海時代を通して世界に進出した西洋の列強諸国は、あちこちに競って植民地をつくっていきました。それによって圧政や文化破壊行為を受けた、アフリカやアジア諸国が少なくありません。ヨーロッパの国々がなぜ世界侵略に有利だったかについては様々な要因がありますが、そのうちのひとつには、やはり彼らが植民地に対して圧倒的な軍事力を所持していたことが挙げられるでしょう。15世紀頃からはじまる大航海時代には、先述の通り東洋の発明である火薬から火砲を発明して新大陸の現地民を圧倒し、近代に入ると、科学革命や産業革命といった変革によって生まれた武器を手に、アジア諸国を侵略していきました。

 ブレスオブザワイルドの世界において、ハイリア人が古代文明の力で少数民族支配下に置いた過去があるのかどうかはわかりません。しかし、「東洋」側であるシーカー族からもたらされた古代遺物が「西洋」側のハイリア人の強力な武器になり、また古代遺物のせいで国が滅びたのはたしかです。ゾーラのような少数民族から見れば、ハイリア人が得体のしれないカラクリをもちだして自分たちを窮地におとしいれた、と認識してもおかしくはないでしょう。そしてそれは、西洋の(当時の)未知の近代兵器によって国が蹂躙されたという東洋の立場とかさなるものでもあります。ムズリの発言は、そうしたかつての東洋、あるいは西欧列強の植民地とされた現地民の怒りを想起させます。

 

 

 

はたしてそれは「黒い任天堂」の意図か

 以上、ブレスオブザワイルドにおける「西洋性」と「東洋性」の対峙が、かつて西洋が東洋の技術をもって躍進し、皮肉にもそれがその後の西洋に搾取される東洋の苦難を生んだ……という世界史とオーバーラップして見えてくるという話でした。

 しかし僕は何も「任天堂が歴史上の西洋と東洋の対立を皮肉ってブレスオブザワイルドにその構図を落としこんだ」と主張したいワケではありません。たしかに任天堂のゲームは、ブラックな 暗喩 メタファ や社会風刺がこめられていると指摘されることがあり、時にそうした一面は「黒い任天堂」と呼称されたりしますが。

dic.pixiv.net ブレスオブザワイルドのハイラル王家が「西洋っぽい」のは、【前編】で指摘した通り、『ゼルダの伝説』シリーズが「剣と魔法の西洋RPG」に端を発し、そうした中で生み出された主人公リンク及びハイラル王家が、ブレスオブザワイルドまでその「西洋らしい」デザイン性を引き継いできたからにすぎません。また、その「西洋性」に対する「東洋らしい」デザインも、これまでのゼル伝シリーズになかった目新しさとして、または「西洋性」に相対するものとして、登用されたにすぎないでしょう。
 ただそうした制作側の諸事情の結果、ブレスオブザワイルドには偶発的にも「西洋」対「東洋」の構図が生まれました。それがバックグラウンドにあるストーリー設定のせいで、僕たちの世界で繰り広げられた西洋と東洋の対立の歴史とオーバーラップしている、と読み解くこともできるようになっているのではないか。そうしたブレスオブザワイルドの持つ世界構造をとらえる視点の一可能性を示唆して、本稿のまとめとしたいと思います。

 長々と読んでくださり、ありがとうございました。

 

 

 

*1:NintendoDREAM編集部編(2017)『ゼルダの伝説 30周年記念書籍 第3集 THE LEGEND OF ZELDA BREATH OF THE WILD:MASTER WORKS ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド:マスターワークス』徳間書店, p.360

『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』に見る西洋と東洋、およびその構図が暗示するアイロニーについて【中編】

 前回の記事で、「ブレスオブザワイルドのハイラル王家はなぜ『西洋的』なイメージを与えるのか?」という考察を行いました。 今回はその続きとなる「ブレスオブザワイルドのどこが東洋的なのか」を考察する【中編】となります。【前編】を未読の方は以下のリンクからどうぞ。

gothiccrown.hatenablog.com

 ハイラル王家の「西洋性」に対峙する「東洋性」、それはシーカー族および彼らが生み出した「古代遺物」に見ることができます。ブレスオブザワイルドには、

 というおもしろい対峙構造が見られるのですが、これがまた「西洋性」⇔「東洋性」の対峙にもオーバーラップしています。

 これには製作側の明確な意図があることが、さまざまな資料から読み取れます。ニンテンドードリーム2017年5月号のインタビューでは、アートディレクターの滝澤智氏が「アートスタイルも含めて全般に、そもそも和でいきたいという思いがあった」と発言しており、古代遺跡や神獣、祠などのデザインは日本の縄文時代の遺物を参考にしたとコメントしています。

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 また、 鈍器 ブレスオブザワイルドの公式資料集の中でも、「プロジェクト最初期から今回の『ゼルダ』では「倭」の文化をどこかに作り上げたいと考えていた」と米津真氏が語っており、日本の里山や棚田をモチーフにカカリコ村が構成されたり、忍者のイメージからシーカー族がデザインされたことが明かされています*1 また、神獣のデザインについて「西洋美術的な価値観とは違う方向性を模索した」と信太文氏が語っており、そのベースに日本の縄文土器や東南アジアの舞踊のお面などがあったことが明言されています。*2 これだけで「ハイラルの『西洋性』に対して古代遺物は『東洋性』そのものだ!」と話を終わらせてもイイのですが、そこは顔真っ赤ブログですので、もう少しこまかに解剖していきましょう。

 ということで今回の【中編】では、まず「古代遺物」を作り出したシーカー族ハイラル王家の関係性を先に明らかにしておきます。その上で、 ゲーム内に登場する「古代遺物」のデザインと、その生みの親であるシーカー族のキャラクターデザインというふたつの観点から、ハイラル王家の「西洋性」に対する「東洋性」を列挙し、その対峙構造を見ていきます。

 

ハイラル王家とシーカー族の関係性

 まずは「西洋的」なハイラル王家と「東洋的」なシーカー族がたがいにどういう歴史をたどって来たのか、その関係性を明らかにしておきましょう。両者の関係性はゲーム内でもちらほら説明されていますが、それをまとめたのが以下の年譜です。*3

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 ハイラル人もシーカー族も、女神ハイリアを信奉する、いわば同じ宗教体系を共有する民族ですが、その神話の中で、ハイラル王家の祖先は女神ハイリアの生まれ変わりである、とされています。*4 日本国民が戴く天皇も、祖先をたどれば天照大御神につながる(らしい)ので、まァ皇族の祖が神だというのは世界中のあるある伝説ですね。そして一方のシーカー族は、この生まれ変わりを護る使命を与えられ、女神から遣わされた民族だと言い伝えられています。*5 そうした宗教思想から、1万年も前から(!)この女神の血を引いたハイラル王家が国を統治し、シーカー族は彼らの繁栄と権力を陰で支える、という相互関係がつづいてきました。

 さて、1万年以上前、厄災ガノンと戦いつづける王族を支えるため、シーカー族は高度な科学技術を王国にもたらしました。それが今現在「古代遺物」と呼ばれているブツの数々です。王国はその力を享受して大いに栄え、1万年前にふたたびガノンが復活した際にも、古代遺物「四神獣」や「ガーディアン」を活用してその封印に成功しました。

 しかしここでハイラル王家に、とある疑念が生まれます。彼らの権力性とは、その代々受け継がれし神聖な力(封印の力)――いわば「魔法の力」です。対するシーカー族がもっているのは、すさまじい「科学の力」でした。「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」とはSF作家アーサー・C・クラークの言葉(「クラークの三法則」における3つ目の法則)ですが、まさにシーカー族の高度な科学技術は、ハイラル王族の魔法の力に匹敵するものでした。

 それを脅威と感じたハイラル王は、シーカー族の追放と、その技術の廃絶を命じます。あらゆる古代遺物は地中深くに埋められ、シーカー族カカリコ村に隠れて暮らすようになった穏健派と、ハイラル王家を憎みその打倒をもくろむ過激派「イーガ団」に分裂します。

 古代ローマを滅ぼしてからルネサンスが花開くまでの中世ヨーロッパは、大きな文化発展が見られないことから「暗黒時代」などとディスられることがありますが、シーカー族の科学技術に関する知識が失われて以降、現代にいたるまで大した文明進歩を見せていないハイラル王国はまさに「暗黒時代」にあったと言ってもイイんじゃないかと個人的には思っています(盛大なディス)シーカー族の技術力をほうむったハイラル人がどんなヘボ武器しか使えなかったかということについてはこちらの記事↓でも ディスって 語っていますので、あわせてどうぞ。

gothiccrown.hatenablog.com

 そんなこんなで時は流れ今から100年前。占い師が厄災ガノンの復活を予言し、ピョドったハイラル王家は、ガノンに太刀打ちする戦力を得ようと古代遺物の発掘調査に乗り出します。さすがにもう迫害はされていないので、プルア、ロベリー、インパといったシーカー族も研究に参加し、ゼルダ姫もここに参加。しかし祠とシーカータワーは起動できないまま、四神獣とガーディアンはガノンに乗っ取られ、あえなくハイラル王国は滅亡します。

 1万年以上つづいたハイラル王家は途絶え(たかに見え)ましたが、シーカー族カカリコ村で勇者の目覚めを100年間待ちつづけていました。また、プルアはハテール地方で、ロベリーなアッカレ地方で研究を進め、古代遺物についていくらかの解明にこぎつけるなどしており、シーカー族ハイラル王家への忠誠は王家が滅びてなお健在の様子です。えらいね、シーカー族

 ハイラル王家とシーカー族の関係性は、陽と陰、光と影でもあり、また両者の命運を古代遺物が大きく左右してきたことが、以上の歴史から読み取れます。

 

 

 

キャラクターデザインに見る「東洋性」

 では以上の関係性をふまえた上で、まずはシーカー族のキャラクターデザインという観点から、ブレスオブザワイルドにおける「東洋性」を解剖していきます。公式資料集にハッキリと「和のテイストを取り入れた」と書いてあり*6、そんな記述がないために血眼になって「西洋っぽい」を論証した前回ほど文字数は要らないと思うので、簡単にだけ。

 

パーヤの「東洋性」

 まずはカカリコ村の一般人の服装として、パーヤのファッションを解剖します。なぜパーヤかというと、かわいいからです。

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 頭長のまげにかんざしのような飾りをさしていますが、これはお箸がモチーフになっているそうです。*7 箸は現代でも日本、中国、朝鮮、東南アジアにいたるまで広く食事に使われており、東洋の食器道具の代表格たるひとつですね。

 左右のもみあげを丸く結わえているのは、美豆良(みずら)という古墳時代の髪型を連想させます。耳の上で結んだら「上げ美豆良」、耳の下に垂らしたら「下げ美豆良」というそうです(まんまやん)

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 長い髪を左右にわけて耳の前で結んだこの髪型は、もとは成人男性の髪型だったのが、奈良時代になると子供や若者の髪型にうつり変わっていきます。例えば以下の画像は、聖徳太子を描いた最古の肖像画と伝えられる「唐本御影(とうほんみえい)」で、飛鳥時代に生きたはずの彼らの服装がなぜか奈良時代のファッションで描かれているのですが、太子の両脇にいる皇子(左が弟の、殖栗皇子(えぐりのみこ、右が息子山背大兄王(ましろのおおえのおうとされる)がちょうどこの「下げ美豆良」のヘアスタイルをしています。若い男性に免疫がないパーヤのうら若き少女性みたいなものが、この髪型に見え隠れしているようにも思えます。

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 目元に赤い紅を丸く置いているのは、歌舞伎の女形や舞妓のメイクからの引用でしょう。

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kyoto.flowertourism.net/maiko/

 頬まで伸びたタートルネックのインナーは、忍者的なイメージから来てるのかな? と思います。実際の忍者はこんなインナー着てませんでしたが、この着物の下にシャツを合わせるスタイル、絶対『忍たま乱太郎』の影響があると思うんですよね。『忍たま乱太郎』に登場する忍者って、よく見るとみんな一様に着物の下に黒シャツを着ているんですが、何なんですかねコレ? 原作で鎖帷子を簡略化して表現していたのが、いつの間にかユニクロシャツになっちゃったのかな。

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いつの間にか先輩キャラが爆増している。

 パーヤのインナーが紺色なのもミソです。忍者の服装は「黒装束」だと思われがちですが、たとえ夜でも月明かりなどで真っ暗ではないので、漆黒の服を着ていると逆に輪郭が目だってしまいます。なので忍者の着物は、灰色や茶色の他、「クレ染め」と呼ばれる紺色が主流でした。そもそも、虫やマムシ避けの効果がある「クレ染め」は当時の伊賀や甲賀の一般的な野良着(仕事着)の色だったそうで。こうした一般の農民に混ざって忍者は活動していたワケです。

 インナーの上には着物を思わせる前開きの上着を着ています。胸下の高い位置でベルトを締めているのも、女性の着物の帯締めと似ていますね。

 また、手の甲から手首まで覆っている手甲は、甲の部分が「やま」といわれる三角形になった平型形状のもので、本来はその先についた紐に中指を通して、手首周りで紐やこはぜで固定します(親指まで通す部分がついたものは筒型形状と言います)。見る限りパーヤの手甲には中指で固定する紐は付いていなさそうですが、ともあれ手甲もまた、古くから農作業や旅の防具として使われてきた日本独特の服飾です。

 

 

コーガ様

 伊賀の忍者が名前の由来と思われる「イーガ団」の総長。イーガ団はよく見ると服装自体はそこまで東洋的ではなく、チョンマゲのような髪型や日本刀のような武器、忍者のようなモーションでかろうじて東洋的(日本的)エッセンスを演出するにとどまっています。それは以下のコーガ様*8にも言えることですが、チョンマゲの他に大きく開いた襟とフリルが、実は彼の東洋ポイント。

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 世はまさに大 海賊 航海時代! 世界をまたにかけたポルトガルとスペインにせっつかれ、日本は16世紀頃から西洋との南蛮貿易をはじめます。その時に輸入された西洋のファッションが大名や金持ちの間で流行し「南蛮装束」などともてはやされるのですが、これを流行らせたのが、かの織田信長だったといわれています。信長はマントひだ襟を日常的に着用していたそうで、コーガ様の高く立てた襟はマントの襟、肩にかかったフリルはひだ襟から着想を得ているのではないかと思います。どちらも西洋由来のアイテムでありながら、チョンマゲと合わせている点が実に「東洋的」な着こなしなんですね。ちなみに天草四郎なんかが付けてるアレも当時流行ったひだ襟です。(なんで天草四郎は毎度ひだ襟付けてる姿で描かれるんですかね)

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『南蛮屏風』より一部。マントの高い襟とひだ襟が見てとれます。

 

 

導師

 お箸のかんざしや笠など、東洋的なモチーフも身につけてはいますが、彼らが演出する「東洋性」はそのビジュアルよりも存在意義にあるといえるでしょう。画像は公式資料集p.102より。

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 全マップに120人点在している彼らは、ふたたび訪れる厄災に立ちむかう勇者を鍛えるべくおのおのが試練を設けた祠を作り、そこで1万年もの間、勇者の訪れを待ちつづけていました。民を救うため永遠の祈りに入った彼らは、まさにこの世界の即身仏といえるでしょう。てか資料集にハッキリ「即身仏」ってかいてあるからそれでイイよもう。*9

 即身仏とは、日本の山形県などの一部の地方に見られる民間信仰で、自身の命と引き換えに衆生の苦しみを救うため、あるいは56億7千万年後の弥勒菩薩の到来にそなえるため(諸説あります)、その身をすさまじい苦行の末に自力でミイラ化させた僧侶のことです。即身仏となった僧侶たちは「死んだ」のではなく、「生死の境を超えた永遠の瞑想に入った」と捉えられます。ブレスオブザワイルドの導師たちも、弥勒菩薩でこそありませんが、世界を救うこととなる勇者の訪れを永遠の瞑想と共に待ちつづけていました。そして祠の試練を無事クリアした勇者リンクを見届け、自身の使命の終わりを悟って、塵と消えてゆくのです。まさに彼らの存在は「東洋的」、「日本的」な宗教観の表出だと言えるでしょう。いつも消える時スキップしてごめんな!

 

 以上、シーカー族が演出する「東洋性」を、キャラクターデザインという観点から解剖、解説してみました。

 

 

 

古代遺物のデザインに見る「東洋性」

 では一方で、ブレスオブザワイルドの世界観に「東洋性」を強く与えている古代遺物のデザインも見ていきます。

 

ガーディアン

 序盤から泣かされまくったコイツへの恨みがいまだ消えていません! 胴の部分が、日本の縄文時代に作られた火焔型土器をモチーフにしているそうです。*10

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 ↑このガーディンさかさまにすると……見えるぞ……私にも 敵 土器が見える……!(CV:池田秀一

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笹山遺跡で出土した国宝の深鉢形土器(火焔型土器)

 ガーディアンのモチーフを火焔型土器から拝借したことで、古代遺物のデザイン方向が決定づけられてゆき、他の遺物にも縄文の意匠が取り入れられていくこととなります。シーカータワーやシーカーストーンは、高層建築やスマートフォンのような近未来の産物を連想させるアイテムでありながら、火焔型土器特有のウネウネとした意匠をほどこしたことで、謎の古代文明といった雰囲気を演出することに成功しています。

 

 

 祠もまた、火焔型土器をさかさにした形によく似ています。シーカーストーン端末やエレベーター台座といった随所にも、火焔型土器特有のウネウネ模様がほどこされていておよそマシンといった印象を与えません。

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公式資料集p.211より

  祠の奥には導師が鎮座している台座がありますが、これは帳台を連想させます。

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 2年前の皇位継承の儀式でも、天皇と皇后が即位宣言の際にのぼられた高御座(たかみくら御帳台(みちょうだいが登場しましたが、これも帳台の一種です。古くから日本では、貴人がこうした台座に座って、つまり一段と高くなった目線から謁見を行うということがなされてきました。

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 例えば紫宸殿なんかを見ていただくとわかるのですが、こうした帳台が置かれた寝殿は中庭と階段でつながっており、それが導師の台座前の階段に反映されているようにも見えます。まァこの階段ないと導師ツンツンできないのもあるんだけど。

 

 

四神獣

 火、風、水、土(雷?)という四元素はエンペドクレス、アリストテレスに端を発する西洋の概念です。また、サラマンダー(トカゲ)、鳥、象、ラクダといった神獣の元ネタの動物も、多分わかりやすさを優先したのでしょう、そこに通底するような概念というか統一性は見受けられません。しかしその装飾には先述の通り、火焔型土器のようなウネウネ模様がたくさん取り入れられており、デザイン面で「東洋性」を演出しています。

 公式資料集p.201では、「先行して存在したガーディアンや縄文土器をベースにしつつ、東南アジアの儀面や子供が描いた絵などを参考にした」とデザイナーが語っています。「儀面」なんていう用語は日本語に存在しないので、適当な用語作ってんじゃないよとツッコミたくなりますが、多分儀式用のお面ということを言いたかったのでしょう。東南アジアには数多くのゆたかな伝統舞踊があり、そのうちのひとつに「トペン」と呼ばれる奇抜なお面をつけた仮面舞踊があります。こうしたところから引用したのかと推測しつつ、個人的には仮面舞踊よりバロンなんかが下敷きになっているのでは?と想像しています。バロンはいわばバリ島の獅子舞で、悪の魔女と戦う、猛き善良な森の神として描かれます。

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Wikipediaのバロン (聖獣)より

 豪奢な衣装もさながら、顔周りに大きな装飾が広がった仮面が特徴的で、神獣のデザインはこのバロンのような装飾性を参考にしているのではないかと思ったり。

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おなじくWikipediaより

 以上、古代遺物のデザインという観点から、その「東洋性」を解剖、解説してみました。

 

 

まとめ

 以上、キャラクターデザインと古代遺物のデザインから、シーカー族に見る「東洋性」を考察してみました。重要なのは、このシーカー族が残した「東洋的」な古代遺物が全マップに点在しており、そこを闊歩する「西洋的」なリンクと常に相対しているという点です。ブレスオブザワイルドには、「西洋っぽい」城下町や、「東洋っぽい」カカリコ村のほかにも、南米の古代文明のようなゾナウ文明であったり、南国のようなウオトリー村であったり、多用な文化が点在しています。しかしそこを網羅していくのは、「西洋的」な王国の復活をめざす「西洋的」なリンクであり、そのために活用し、また世界中で出会っていくのが「東洋的」な古代遺物です。つまり情景はその都度変っていきながら、ゲームの頭からお尻まで、ずっとこの「西洋性」と「東洋性」の相対がつらぬいているのです

 次回いよいよ【後編】では、そのブレスオブザワイルドに見られる「西洋」と「東洋」の対峙構図から読み取れるアイロニーについて、考察していきたいと思います。なんとまだ続きます。続け。

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*1:NintendoDREAM編集部編(2017)『ゼルダの伝説 30周年記念書籍 第3集 THE LEGEND OF ZELDA BREATH OF THE WILD:MASTER WORKS ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド:マスターワークス』徳間書店, p.251

*2:同上, p.201

*3:同上, p.356

*4:同上, p.362

*5:同上, p.362

*6:同上, p.101

*7:同上, p.100

*8:同上, p.203

*9:同上, p.364

*10:同上, p.199

『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』に見る西洋と東洋、およびその構図が暗示するアイロニーについて【前編】

 前回の記事でも熱弁しましたが、ここしばらくゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド。にハマっています。厄災ガノン(ラスボス)そっちのけで延々と廃墟を徘徊し、そこらじゅうの石をひっくり返し木々を爆破しコログに凸る日々です。マジでコログ全部で900匹もいんの? 集めるのが900年くらいかかりそうなのだが?

 ゲーム初心者なりにいろいろと刺激を受けたブレスオブザワイルドですが、その中でも一番意外だったのが、ブレスオブザワイルドがとてもアジア色の強いゲームであったということです。より正確に言うと、西洋性と同じくらい東洋性もあって、その両者の相対コントラストが非常に強い、とビックリした感じ。

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 リンクって「西洋人」っぽくないですかね。そもそもゼルダの伝説というシリーズ自体、僕は大昔から西洋ファンタジーRPGだと思ってました。というか僕みたいなゲーム詳しくないマンの『ゼルダの伝説』に対する一般的なイメージって、大体そんな感じなんじゃないでしょうか。漫画やアニメもそうですが、ゲームのようなビジュアルコンテンツ(テキストではなく視覚的要素が要となるコンテンツ)って、キャラクターの姿かたちが世界観を表現する重要素なので、 僕は過去にどこそこの広告でリンクを目にして以来「はえ~『ゼルダの伝説』ってなんか西洋ファンタジーっぽいゲームなんやろな(鼻ホジ)」という先入観をずっと抱いてたワケです。

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魔法少女まどか☆マギカ』はそうしたビジュアルコンテンツの特性を逆手に取った「可愛いキャラタービジュアルにそぐわないシリアスなストーリー」という意外性を打ち出したからこそ話題になりました。

 それがブレスオブザワイルドをプレイして「アレッ!?」って揺らいだんです。鼻ホジってる場合じゃないな、という。ブレスオブザワイルドって、西洋人っぽいハイラル人に対して、他の諸民族の立場が非常に東洋的じゃないでしょうか。さらに言えばその相互関係がむちゃくちゃ皮肉。「なぜに僕はブレスオブザワイルドをプレイして世界史の復習をしてるんだ?」と勝手に自問自答していました。まァこれだけの話ではまだ、

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  という声しか聞こえてこなさそうなので、今回は「『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』に見る西洋と東洋、およびその構図が暗示するアイロニーというテーマで、全3回に分けてブレスオブザワイルドが持つ構図の考察をしたいと思います。第1回目にあたる今回は、「ブレスオブザワイルドのハイラル王家はなぜ『西洋的』なイメージを与えるのか?」について。「西洋っぽくね!?」ってあくまでイメージでしかない形容詞に、根拠となる裏付けをしていくのが本稿の目的です。

 続く「ブレスオブザワイルドのどこが東洋的か」は第2回の【中編】へ、最後に「そうした西洋と東洋の相対が何を暗示しているのか」ということは第3回の【後編】にわけました。あわせてご覧いただければ幸いです。 

 なお典拠として、また例の 鈍器 公式の資料本をフル活用していますので、手元にある方はご参照ください。マジでめちゃくちゃ濃厚な資料本だから買った方がイイ。強盗が入ってきてもこれで殴れそうだし。

 

 

キャラクターデザインに見る「西洋性」

 『ゼルダの伝説』およびブレスオブザワイルドにおける「西洋性」は、ハイラル王家」が持つエッセンスに演出されています。そこでまずはキャラクターデザインという観点から、騎士リンクと、ハイラル王家のゼルダ姫、ハイラル王を例に、ブレスオブザワイルドの西洋ポイントを明らかにしていきます。

 

歴代リンクの「西洋性」

 『ゼルダの伝説』の主人公リンクは、これまでどのシリーズにおいてもほぼ同じ恰好をしていたのが、最新作ブレスオブザワイルドに至ってついにその定番スタイルに大きな変更が加えられました。しかし先ほど「そもそも僕はブレスオブザワイルドをプレイする前から『ゼルダの伝説』= 西洋っぽいと思っていた(鼻ホジ)」と書いたので、まずは過去のリンクが演出していた「西洋性」から押さえておきたいと思います。

 では「どのシリーズにおいてもほぼ同じ恰好をしていた」という歴代リンクがどんな恰好をしていたかというと、だいたい毎シリーズ「金髪」「とがった耳」「緑色の服と三角帽」という3要素を兼ね備えたキャラクターとして描かれていました。この要素がなぜ「西洋的」と取れるのでしょうか? 過去作すべてのリンクを挙げていると僕が腱鞘炎になるので、ひとまずこの3要素を決定づけた「初代リンク」を例に説明したいと思います。

 

 時はさかのぼること1980年代。やたらめったに「剣と魔法のヨーロピアンファンタジー」が流行っていたその時代、コンピューターゲームの世界でも、『ハイドラド』シリーズや『ドラゴンスレイヤー』シリーズといった、アクションRPGの草分け的存在となったゲームが人気を博していました。『ゼルダの伝説』は、それらシリーズに任天堂が対抗する形で開発されますWikipediaの受け売り)。なのでのっけから「ヨーロピアン」への意識があったんですね。まァそれはともかくとして、そんなこんなで1986年に発売された初代『ゼルダの伝説』のパッケージがこちら。

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 この矢吹ジョーみたいな前髪をした初代リンクの各要素を抽出し、なぜそれらを西洋っぽいと形容できるのかを解剖していきます。

 

 

 パツキン(金髪)

 東洋人が西洋人を表現する時のわかりやすいテンプレート。以上。

 

 

エルフ耳

 「人ならざる者」を暗示するのによく使われる表現です。ここから彼が、現実世界にはいない、つまりファンタジー世界の住民である、ということがわかりますが、ではなぜこの耳が西洋的でもあるのか? という話。

 西洋には「とんがり耳」という表現自体は古くから存在しています。もともと中世の時代から、宗教画や写本などにおいて悪魔がとがった耳で描かれることがありました。まァ悪魔は野蛮でおそろしい獣の頭で描かれることが多かったので、その「獣らしさ」として、耳もとがらせて描いていただけなんでしょうが。

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中世の百科事典『花の書 Liber Floridus』写本の挿絵。1120年成立。

 それがいつ悪魔以外の耳表現にも及んだのかはわかりませんが、例えば妖精絵師として有名なシシリー・メアリー・バーカーの挿絵には耳がとがった妖精が出てきますし、J・R・R・トールキンも著書『指輪物語』の中でエルフ族の耳はとがっていると設定しており、20世紀前半にはすでに妖精やエルフの耳はとんがってる、という表現が西洋で確立していたようです。

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バーカーの詩画集『樹の花の妖精 The Flower Fairies of the Trees』より。

 日本では後者の『指輪物語』や、同じくエルフ族はとんがり耳を持つという設定のTRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(およびそのリプレイ『ロードス島戦記』)の影響が強く、とんがり耳には「エルフ耳」なんていう俗称が付いていますが、リンクの耳が妖精をイメージしているのかエルフ耳の系譜から引用しているのかはともかく、それが「人ならざる者」以上に西洋風な印象を与えるのは、上記のような表現の歴史と日本への輸入経路があったからだと個人的には考えています。

 

 

三角帽

 西洋の妖精、小人的なイメージから拝借しているのではないかと推測します。スイスの錬金術パラケルススは、古くからの四元素説をもとに、著書『ニンフ、シルフ、ピグミー、サラマンダー、その他の精霊についての書 Liber de Nymphis, Sylphis, Pygmaeis et Salamandris et de caeteris Spiritibus』、通称『妖精の書』にて、四大精霊の概念を提唱しました。そのひとつが大地の精霊「ノーム」ですが、彼らがかぶっているとされるのが、ちょうどリンクがかぶっているような大きな三角帽です。日本でなぜ妖精や小人がよく三角帽を着けた姿で描かれるのかというと、ディズニー映画『白雪姫』のヒットが背景のひとつにあると思われます。この『白雪姫』の小人たちのデザインも、パラケルススの「ノーム」の服装から着想を得ています。

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誰もが馴染み深いであろうこの「小人」のビジュアル原案者はパラケルスス

 ちなみに2作目の『リンクの冒険』でリンクの鼻が丸く描かれてるのも、絶対『白雪姫』で「小人の鼻は丸い」とすりこまれた影響があると思うんですけどね。

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シュールコー

 袖がなく、お腹周りをベルトで締めている黄緑色の服は、12~14世紀頃の中世に西洋で見られた、シュールコー(の男性ver.)の類に見えます。シュールコーは十字軍の陣羽織から派生したと言われる衣服で、本来は鎖帷子などの防具を着けた上に羽織るブツです。リンクは下にドドメ色の長袖を着てますが、これも、手首まである鎖帷子の上にシュールコーを羽織った騎士の1スタイル↓ が転化したもののように思います。(『トワイライトプリンセス』や『スカイウォードソード』では、実際下に鎖帷子を着ている)

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 そもそも西洋では、古代ギリシア、ローマの大昔の時代から、チュニックに代表されるような貫頭衣を腰回りで結わえるスタイルが存在していました。なのでリンクの衣服も、シュールスコーをモデルにした、というよりは、西洋でポピュラーだった貫頭衣から派生した後世の様々なスタイルがゴッチャになって、こんなオタクでも着ないような残念コーデが完成してしまった、という経緯な気はしています。

 

 

両刃の剣

 両刃の剣は東洋にも存在しますが、リンクの手にしている剣は(つば)の部分が左右におおきく伸びており、西洋で好まれた両刃剣のデザインに似ています。『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』からはマスターソード(退魔の剣)が登場し、リンクを象徴するアイテムのひとつして固定化されていきますが、このマスターソードも鍔が左右におおきく伸びている「西洋の中世風」な剣であることに変わりはありません。

 左がブレスオブザワイルドのマスターソード*1、右がスペインの伝説の剣「ティソーナ」のレプリカです。古来から鋳鉄の産地であったスペインのトレドは、中世に質の高い刀剣の産地として名を馳せましたが、「Tledo sword(トレド 剣)」なんかで検索すると、上↑のようなマスターソードとよく似たデザインの剣をたくさん見つけることができます。

 

 

 雑デザインすぎてズッコけそうですが、十字架=キリスト教=西洋という安易な連想に役立つ柄ではあります。実際に11~13世紀にかけて各地で黒歴史を量産した十字軍は、このように表に大きく十字架をあしらった盾を使っていました。

 一応補足しておくと、中世のいろいろな写本の挿絵を見比べた限りでは、十字軍が持っている盾にこんなデカデカと十字架があしらわれたモノは決して多くは見つかりません。描かれているほとんどは一族の家紋っぽい装飾がなされた盾で、お前ら神よりも自己主張が激しいな……っていう。まァ下↓のような挿絵も残っているので、ポピュラーじゃなかったとしても存在したことに違いはありません。

大英博物館所蔵『メアリー女王の黙示録(The Queen Mary Apocalypse)』挿絵より。14世紀成立。

 この間に合わせデザインみたいな盾は、『ゼルダの伝説 時のオカリナ』からはハイリアの盾という定番アイテムにとって代わっていきます。中世ヨーロッパでは、それまで使われていた細長く巨大な盾「カイトシールド」が重く扱いづらいことから小型・軽量化して、「ヒーターシールド」と呼ばれる、ちょうどアイロンの底のような形をした盾が登場したのですが(上↑の挿絵の盾もヒーターシールドです)、小型のハイリアの盾は、この機動性に富んだヒーターシールドを連想させます。

 

  ちなみに余談ですが(読み飛ばしておk)、ハイリアの盾のような上辺が山形になった盾は、創作の世界ではよく見るものの、現実に実戦用として作られたものの中にはこのような形はほぼ存在しなかったようです。単純に視界が悪くなりますし、「紋章が描きづらくなる」というのも理由のひとつなのではないかと推測します。というのも、西洋には古くから盾に家紋を描く風習があるのですが、模様の向き、配置、彩色の数などすべてに、日本の家紋文化なんて足元にも及ばないレベルですさまじい数のルールが存在しており、盾の形を大きく変えてしまうとこの「どこに何を描くか」という厳密なルールが守れなくなってしまうからです。森護氏の『ヨーロッパの紋章―紋章学入門 (シリーズ紋章の世界)』などをご参照いただくと、そのルールの複雑さと厳格さがよくわかります。この本、難解な紋章学を初心者にもわかるよう明快かつ丁寧に解説してくれていて、僕個人も愛用しているオススメの良書です。

 

 

追記(2020.8.14)

 

 ソース元となるファミ通を探しております。情報お寄せください。

 

 

 以上、初代リンクを例にした、これまでのリンクがなぜ「西洋」の印象を与えてきたのか? という解剖と解説でした。

 

 

ブレスオブザワイルド版リンクの「西洋性」

 最新作ブレスオブザワイルドでは、そんなリンクの「定番ファッション」についに大きな変更が加えられました。あまりに イケメン化 垢抜けたので、これがリンクだとわかってもらえないのでは? と懸念され、こんな広告イラストも描かれたくらい。*2

よりによって並べられてるのが丸鼻リンク……公開処刑はやめてさしあげろ。

 デザイン画はこんな感じ↓。*3 上記で「西洋っぽい」要素として挙げた鍔の広い両手剣は、ゲーム内ではいくらでも他の武器にとって代わるので、残っている西洋要素といえば金髪碧眼ととがった耳くらい。ずいぶんニュートラルになった印象です。

 しかしブレスオブザワイルドをプレイした感想は、リンクはやはり「西洋」側に属するキャラクターだな、ということでした。今作ではリンクの容姿から多くの「西洋性」がそぎ落とされましたが、彼の属性や、彼がいたコミュニティが、一方で彼の「西洋性」を補完しています。

 

 リンクの属性、それは「姫に従事する騎士」であることです。騎士というのがそもそも中世ヨーロッパならではの存在なので、その要素だけでも十分「西洋」なのですが、軍隊の一員でも領主(騎士は装備や馬を維持するための財力が必要なので領主も兼ねていたケースが多かった)でもなく、姫に忠誠を尽くす様子が強調して描かれているのが、彼の「西洋性」の真のミソです。

 中世ヨーロッパでは「美しい姫君や貴婦人のために、騎士が未知の土地を冒険し、民を苦しめる敵や怪物を退治して王や女性に認められましたヤッタネ!」という筋書きの「騎士道物語」と呼ばれるジャンルが大流行しました。いわばラブロマンス、ヒロイック・ファンタジーの先駆けですが、このテンプレートが、ファンタジーブームが巻き起こっていた80年代にRPGのストーリーとして数多く転用され、例にもれず『ゼルダの伝説』にも同じ骨子が与えられました。

 もちろん出発点がそうだったというだけで、シリーズによってはまったく趣が異なっている『ゼルダの伝説』もありますが、ブレスオブザワイルドはこの「騎士道物語」に原点回帰した作品である、と言うことができるでしょう。国難に遭っているゼルダ姫がいて、彼女を悩ませる魔物たちを、騎士リンクが各地を遍歴しながら取りのぞき、姫に認められ、国をも救済する。100年が経ってもゼルダ姫に忠義を尽くすリンクは、高貴な女性に命をささげ奉仕することが美徳とされた騎士道精神の姿そのものです。だいたい中世の騎士道物語では騎士と貴婦人は不倫状態にあったりして、さすがにリンクとゼルダの関係性はそこまでは描かれてはいないものの、姫のために八面六臂の活躍をみせる騎士というリンクの属性は、まさに彼を「西洋的」であると形容するに十分な要素でしょう。

 

 

 

ブレスオブザワイルド版ゼルダ姫の「西洋性」

 そんなリンクが献身するゼルダ姫にもまた、「西洋性」を見ることができます。そういえば初代ゼルダ姫があまりに現在のイメージとかけ離れすぎていて、初めて見た時は変な声が出たんですが、これもまァ『ゼルダの伝説』の出発点が西洋ファンタジーであるという論拠にはなる服装ですね。裾にあしらわれたリボンや、リボン間に渡されたドレープはロココ期、バカデカいパフスリーブはアールヌーヴォー期の、西洋のドレスに見られるエッセンスです。

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 リンクと違って、ゼルダ姫はシリーズによって大きくデザインが変わるので、リンクのように一貫した「西洋性」は持ってはいないかもしれませんが、少なくともブレスオブザワイルドのゼルダ姫は「西洋的」と形容してもイイでしょう。デザインはこんな感じ↓。*4 金髪碧眼、とがった耳という、先述した西洋要素がまずはすぐ見て取れます。

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 彼女が着ている服は、「ブリオー」と呼ばれる、11~12世紀に西洋でロマネスク様式が隆盛した時代に着られていたドレスを想起させます。ブリオーは大きく広がった袖と、身体にピッタリと沿ったラインが特徴で、腰に長いベルトを巻き、下に長袖を合わせて着用されました。イギリスの画家、エドモンド・レイトンの『騎士号授与』という絵に描かれた貴婦人の着ているドレスなんかがまさにブリオーなのですが、その絵をスウェーデンイラストレーターLothlenanさんが『ゼルダの伝説』とマッシュアップされていて、ちょうど良い比較画像になっていたので、参考として貼っておきます。(左がエドモンド・レイトン『騎士号授与』、右がLothlenanさんのマッシュアップイラスト)

 
 
 
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 ゼルダ姫のドレスは胸部とスカート部分のセパレートになっていますが、12世紀には腹部にコルセットのような幅広の帯を巻いて腰を細く見せるという着こなしが存在していたそうで、そのアレンジデザインとも取れそうです。

 

 

 

ブレスオブザワイルド版ハイラル王の「西洋性」

  ハイラル王国のイメージそのものになりますので、国家元首も見ておきましょう。*5 

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  権力者が自身の権力を顕示するために冠をかぶるという行為は世界各国に見られることですが、その中でも特に中世以降の西洋の冠(tiaraではなくcrownの方)には ①サークル状 ②宝石があしらわれた金属製 ②放射状またはアーチ状の装飾 といった特徴が見られます。以下の画像は先述の『ヨーロッパの紋章―紋章学入門 (シリーズ紋章の世界)』43ページからの引用で、これはあくまで紋章学における冠のデザインであるため実用デザインと同じであるかは別問題ですが、「西洋らしい冠」の特徴とイメージはここに一望できますね。

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   ハイラル王の冠は、正面から見るとちょうど、上の画像の右下から2番目(イタリアの子爵)のような形にも見えるので、パッと見「西洋的」です。なのですが、構造をよく見てみると、実はサークルの正面にワシのモチーフが付いているだけ。これは、基本的に装飾がサークルを取り巻くよう対称的に配置されている西洋の冠には見られないデザインです。そのため、この冠ではハイラル王を「西洋的」であると指摘するにはちょっと弱い。

 

 そこで彼の服装を見てみます。先ほど「ゼルダ姫の衣装が11~12世紀頃に流行したブリオーを想起させる」と書きましたが、このハイラル王の服装のモチーフはもっと後世にあると思われます。というのも西洋の貴族の男性は、14世紀頃までは男性版ブリオーやダルマティカといった、足首まであるワンピース型の服を着ていて、このハイラル王のように短い胴着とズボンの組み合わせが台頭してくるのは14世紀後半になってからだからです。以下は離婚したいがために自分で宗教をブッ立てたことで有名なイングランドヘンリー8世(在位:1509~1547年)肖像画ですが、

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 詰め物をして大きくふくらませた(太ってるだけのケースもある)プールポワンに、膝丈まであるジャケットを羽織り、首元に豪奢なネックレスをかけています。個人的にはハイラル王のファッションは、こうした16世紀前半の男性の着こなしを参考にしているのではないかと思っています。

 さらにゼルダ姫とハイラル王の衣服は青色ですが、これはハイラル王家の公式カラーが「ロイヤルブルー」だから。*6(DLC2弾のEx.思い出した記憶 その5「英傑たちの詩」の中でも、ハイラル王が「我が王家の象徴とされてきた由緒正しき色である」と説明するシーンがあります) このロイヤルブルーという色、実はイギリス王室の公式カラーと同じなんですよね。王家の服装の色合いにも、西洋のにおいがただよっています。

 

 以上、ハイラル王家が演出する「西洋性」を、キャラクターデザインという観点から解剖、解説してみました。

 

 

 

建築デザインに見る「西洋性」

 では一方で、ハイラル王家の「西洋性」を補完している建築デザインも見ていきます。例に挙げたいのは、王家と強いつながりがある居城・ハイラル城、その直轄下にある城下町、そして王の霊が現れる時の神殿です。

 

ハイラル

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 ↑公式本よりデザイン画です。*7 青瓦が葺かれた複数の尖塔が印象的で、一瞬「東京ディズニーランドのシンデレラ城?」と見まがいますが、似ているのはモチーフの引用元が同じだからでしょう。シンデレラ城はドイツのノイシュヴァンシュタイン城やフランスのユッセ城をモデルにしたといわれていますが、これらの城に見られる「西洋の城らしい特徴」が、ハイラル城にも散りばめられています。

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【左】ノイシュヴァンシュタイン城 【右】ユッセ城

 例えばという設備は、本来は物見のために造られる軍用施設です。が、ヨーロッパでは、祈りの時間を知らせる鐘を設置するための鐘楼という塔も、主に教会の施設として存在していました。その教会美術が城の建築美術にも輸入されて、後世になると軍事的な必要性より装飾的な意味合いから、華麗な塔が城にも設置されるようになりました。ノイシュヴァンシュタイン城などの塔がとてもとがった形をしているのは、中世に隆盛したゴシック建築への憧憬によるもの。(西洋では12世紀後半からゴシックと呼ばれる様式が花開き、ノートルダム大聖堂ケルン大聖堂に代表されるような高い尖塔を特徴とする建築物が生まれました) ハイラル城は、そうした中世の美術様式を参照した西洋の城から、塔のデザインを引用していると思われます。ちなみにハイラル城の塔も、「もともと見張りのための塔だったのがのちに使われなくなった(のでゼルダ姫の研究室になっていた)*8という裏設定があり、西洋の城における塔の役割の変遷がまんま見てとれるようでオモロイです。

 また、ハイラル城の左右には、低い塔から高い塔に向かって斜めに掛けられた梁がありますが、これもゴシック建築に多用された「フライングバットレス(飛び梁)を想起させます。またもうひとつゴシック建築の特徴である、リブ(力骨)で補強された「リブヴォールト(穹窿)と呼ばれる天井造りが、城の図書室や通路に見うけられます。下↓のスクリーンショットは図書室のものですが、天井がリブでバッテン型×に4分割された四分ヴォールトになってますね。

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 ゲーム内では柱が崩落しすぎてわかりづらかったので下に公式本のデザイン画を引用しますが*9、左右にアーチのかかった円柱がならぶ長方形の庭園は、シリカを想起させます。奥にあるのは祭壇ではなく螺旋階段ですが……。

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※ 城の重要デザインとあまり関係がないので余談になりますが、水くみ部屋のこの木材が露出したつくり、ハーフティンバー様式(半木骨造)っぽいですね。北方ヨーロッパの、城ではなく住宅の建築技法ではありますが、西洋といえば西洋ではある。

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ハイラル城下町

  シンデレラ城もといハイラル城の眼下に繁栄したハイラルの城下町は、下のスクリーンショットを見ていただければわかるとおり、100年前までは巨大な城壁で囲まれていましたスクリーンショットでは前面しか映っていませんが、実際にマップを歩くと町が天然の地形を生かした城壁で囲まれていたことがわかります)

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 日本のそれとちがって、西洋の城下町は多くが周囲を堅牢な城壁で囲んだ「城郭都市」であるという特徴を持っていました。都市同士でよくボコし合いしてたり、地続きゆえに大陸中どこからでも外敵がやって来たので、引きこもって防衛する設備が必要だった、というのが理由です。つねに外国の侵略危機にさらされていたのは西洋だけではないので、ユーラシア大陸のさまざまな国に城郭都市は存在していましたが、欧州最古の城郭都市カルカソンヌ古代ローマ時代から歴史を持つように、西洋は古くから城郭都市の歴史を持つ地域のひとつだったといえるでしょう。

  城壁の上辺にデコボコとした凹凸がありますが、これは「のこぎり型狭間」「鋸壁(きょへき)」「ツィンネ」などと呼ばれる、西洋の古城によく見られる設備です。このスキマから情勢を監視したり攻撃をしかけたりします。

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  かつての城下町内部はこんな感じ。*10 家屋に先述のハーフティンバー様式が見てとれますね。

 

 

 

時の神殿跡

 ブレスオブザワイルドのマップ上には、ハイラル人が信仰する女神ハイリアをまつった建物の跡が点在しています。が、建築様式が見てとれるほど大規模、かつ天井が崩落していないほど保存状態が良い(または公式本で崩壊前の姿が確認できる)ものは、「忘れ去られた神殿」「時の神殿跡」しかありません。「忘れ去られた神殿」は神への礼拝施設というよりは、王家と勇者の歴史を後世に残すための記念建造物だったのですが、「西洋らしい」美術様式が確立していた100年前よりずっと太古の昔の意匠を意図的に用いているため*11、参考にはできません。ということで、ハイラル人の宗教施設の基本形としては、「時の神殿跡」を見ておくのがベターでしょう。

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 先述した塔(鐘楼と思われるが吊り鐘の痕跡はナシ)、リブ・ヴォールトの他、大きな縦長の窓といった、ザ・ゴシック!な造りです。もう西洋の教会まんまです。

 

 以上、ハイラル王家が演出する「西洋性」を、建築デザインという観点から解剖、解説してみました。

 

 

 

まとめ

 以上、キャラクターデザインと建築物のデザインから、ハイラルの西洋性を考察してみました。しかし留意したいのは、僕が「西洋的」であると指摘した記号を完備しているハイラル人と建物は、リンクとハイラル王家、および彼らとゆかりの深い建造物だけである、ということです。MOBのハイラル人どもには、とがった耳以外の「西洋的」な特徴が見うけられません。また彼らの建築物も各々の風土に適したものになっており、そこに上述したような「西洋的」な様式はほとんどありません。そのため、ハイラル人=「西洋っぽい」とくくるよりは、ハイラル王国の支配層が「西洋的」である、とまとめておくべきでしょう。ここに着地するまでに1万字書きました。

 

 書く方より読む方がさじをブン投げること間違いなしな長文になりましたが、何とまだ序章です。次回、【中編】 「ブレスオブザワイルドのどこが東洋的なのか」に続きます。続け。

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  • 発売日: 2016/08/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

*1:NintendoDREAM編集部編(2017)『ゼルダの伝説 30周年記念書籍 第3集 THE LEGEND OF ZELDA BREATH OF THE WILD:MASTER WORKS ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド:マスターワークス』徳間書店, p.161

*2:同上, p.16

*3:同上, p.16

*4:同上, p.61

*5:同上, p.88

*6:同上, p.61

*7:同上, p.231

*8:同上, p.245

*9:同上, p.237

*10:同上, p.226-227, p.366-367

*11:同上, p.306

『ゼルダの伝説 ブレスオブワイルド』の廃墟について語らせてくれ

 ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』にドハマリしました。今さら?という声が聞こえてきそうですが、そうです、今さらです。国内外の様々なゲーム賞を総ナメし話題になったものの、さすがに発売から3年がたち、一旦ブームはひと段落したかな、というこのタイミングでです。

 「多分お前好きだと思うよ」という言葉にホイホイされて、軽い気持ちで借りたんです。Switchというシロモノ触ったことなかったし。ゼル伝にずっと憧れはあったけど、プレイしたことなかったし。まァ借りれるならやってみるか~というノリで。

 好きだったわ。

 ちなみに僕はこれまで、ゲームというものをやりこんだ経験がほとんどありません。ゲーム禁止の家庭で育ち、ゲームをする罪悪感みたいなものを長らく引きずっていたのが原因なんですけど(過去記事参照)gothiccrown.hatenablog.com

 今では過疎をきわめたネットゲームだけやっていますが、サルでもできそうなクソゲーなので、いわゆるプレイング的な知識はいっさい身に付いていないままです。なのでブレスオブザワイルドについても、敵モンスターの倒し方だとか武器や防具の厳選といった攻略面での話はまったくできません。

 ではそんなゲームのゲの字も語れないマンが、なぜにブレスオブザワイルドについて語ろうとしているのか。

 設定がアツすぎて吐き出さないと死にそうだから。

 画面がアニメ調で色彩もやわらかいので、パッと見まったく重さを感じさせないブレスオブザワイルドですが、あらすじを今一度ふりかえってみてほしい。こんなん

「悪霊猖獗をきわめし文明崩壊後の世界(ポストアポカリプス)で、亡国の騎士が、喪われた姫君の面影を探し廃墟を彷徨う」

 ゲームだとしか言いようがないでしょう。出だしからこんなデカダンなゲームありますか???? 耽美退廃の世界に思春期をこじらせたオタクがハマらないワケがない。

 まァ本当に好きなのは、どちらかといえば『ダークソウル』のようなドチャクソ暗い世界観なんですけど。でもダクソは3回くらいプレイしてみて、あまりのむずかしさに秒で挫折しました。僕がダクソを好きでも、ダクソが僕を好きじゃなかったようです。一方のブレスオブザワイルドは初心者にもやさしかったので、ゲーム音痴な僕でもつづけることができました。そして見事に沼に落ちました。ありがとう、任天堂

 

 色々とまくしたてたいことはあるのですが、このゲームの醍醐味のひとつは、やっぱり遺構を巡り、在りし日の姿に想いを馳せることだと思うので、今回は廃墟について書こうと思います。マップ各地に点在する遺構はどれもが思わず足を止めてしまうような退廃美を放っているのですが、そのすべて挙げているとキリがないので、今回はグッときた廃墟の中でも特に過去の姿が明確なものに絞ってピックアップしました。なお、廃墟の「かつてこうだった」という情報は以下の公式本を典拠としています。プレイ始めてから秒で買ったよね。

 

 

 

火の海に沈んだ「ハイラル城下町」

 国が滅ぶというと、外敵が辺境から攻めてきて落城して、みたいなイメージをするかもしれませんが、ハイラル王国はまず真っ先に城がやられるんですよね。一応ハイラル城は険しい山に囲まれた盆地に建っていて*1、外からの侵略には多分だいぶ強い。のですが、ゲームムービーや、時の神殿で出会うハイラル王の台詞からわかる通り、ガノンって城の地下から復活してくるんですよね。天然の要塞に守られたハイラル城とはいえ、真下からこんなん湧いてきたらそりゃどうしょうもないわ。

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 城を守るはずだった古代兵器・ガーディアンも全部ガノンに操られ、城下町は徹底的に焼き払われてしまいます。公式本によると、商業学術ともに栄えたというかつての城下町はこんな情景だったようです。*2

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 ということで、このイラストと重なる風景を血眼になって探し回ってました。手前に噴水、右遠方にゲルドキャニオン、左奥に城門が見えて、ちょうどこの位置から見下ろすとイラストと似たような視界になりそうです。広場を囲むように立ち並んでいた家屋は跡形もありません。むなしい……最高だ……。

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 城下町の民家の屋根は青い瓦で葺かれていたようですね(DLC2弾のEx.思い出した記憶 その5「英傑たちの詩」の冒頭では、城壁の向こうに青い屋根が並んでいる風景をチラッと見ることができます)。公式曰く、ハイラル王家の公式カラーはロイヤルブルーだそうで*3(DLC2弾のEx.思い出した記憶 その5「英傑たちの詩」の中でも、ハイラル王が「我が王家の象徴とされてきた由緒正しき色である」と説明するシーンがあります。イギリス王室と同じ色だ)、それにちなんでいるのかもしれません。実際に廃屋にはわずかながら青い瓦が残っていました。煤にまみれて色褪せているのが、ウーン細かい!モデラーのこだわりを感じる!

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ハイラル王国 最期の地「アッカレ砦」

 城と城下町がガノンの手に落ち、生き残ったハイラル人は四方へ散り散りに逃げたワケですが、その多数はどういうルートをたどったのか、というのが以下の解説です。*4 残党兵は北東の「アッカレ砦」、民間人は南東の「ハテノ砦」へ流れた感じ。

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 なぜ主戦力が「アッカレ砦」へ向かったかというと、ここが地の利を活かした、難攻不落と呼ばれし最強の砦だったから。詳しくは先述のマスターワークスp.380-381をご参照ください、その戦略的構造について力説されています。

 しかしアッカレ砦も、最凶メカ・ガーディアンの猛攻にはかなわず、ついに陥落します。アッカレ連絡橋にいるNPCネルフェンの台詞が胸にしみます。「いわば ここは ハイラル王国が滅んだ 最後の地だ」。

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 ということで「猛き者も遂には滅びぬ平家物語)」な風景を堪能するためアッカレ砦へ。崩落した連絡橋にはガーディアンの残骸が大量に転がっており、すさまじい数の猛攻があったことがうかがえます。

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 よく見ると、関節部分に剣が刺さったままのガーディアンが。剣が錆びているところに時の流れを感じます。このガーディアンに勇ましく剣を突き立てた兵士も、激戦の末にきっと命を落としたんだろなァ。はかないぜ。

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 砦の随所に残っている大砲にはちょっと皮肉を感じたり。ガーディアンやシーカータワーに代表される魔法のような科学技術はすべてシーカー族によってもたらされたものなので、そのシーカー族を追放して技術知識が失われてしまった今(正確には100年前)ハイラル人がまともに使えた火器はこんな前近代的なモノだったのか、と。そりゃガーディアンには勝てんわ。砲口に蜘蛛の巣がかかっているのがプチ可愛ポイントですね。

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 アッカレ砦は断崖絶壁の上に建っているので、敵にとっては攻めにくいのですが、それすなわち味方にとってはアクセス最悪、ということで。なので頂上には広い居住スペースがあったようです。*5  シーカータワーの周りに残っている建物がそれです。

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 なぜタワーが建物をブチ抜いて生えているのかというと、「地下に埋まっているタワーが発見されないまま上に砦が建設されたから」*6らしい。「アッカレの塔」のてっぺんにはガーディアンの形骸が引っかかっていますが、これは居住区まで侵攻したあと停止したガーディアンが、100年後に起動した塔によって持ち上げられたから、なんですね。細けェ!

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 居住区の赤黒いブヨブヨにおおわれていない箇所に、棚や壺、樽といった生活品が残っています。

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 おもしろいのは、書物が残されているということ。この世界の識字率や本の希少価値なんかを考えると、娯楽用の線は薄いかな?と思いますが、孤高の要塞であったアッカレ砦は兵を派遣する「駐屯地」と作戦行動の拠点となる「基地」両方の意味を兼ねたはずで、生活スペースのすぐそばに、こうした書類仕事をしたり作戦会議をする書斎みたいな部屋も必要だったのかな~、と妄想がはかどるはかどる。

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おまけ 「ハイラル軍駐屯地跡」

 同じく生活の様子が垣間見える軍用施設として、ハイラル軍駐屯地跡」も結構おもしろかったのでついでに語らせてください。こちらはアッカレ砦と違って戦闘を想定していないあくまで「駐屯地」なので、遺構を見ていると、見張りのための塔以外はさほど高さのない居住用の建物で構成されていたであろうことがわかります。

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 残っているのはベッドや食器といった類。みなぎる生活臭!

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 この駐屯地のおもしろポイントは、噴水とそれを囲んだ広場の遺構があることです。ここからより南に位置する「コロモ駐屯地跡」にはこれがないんですよね。水を使うためなら井戸で十分なはずですが、どうして軍用施設に、人々の憩いの場となるような噴水があるのでしょうか?

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 駐屯地というのは一定の人数が寝泊まりする場所なので、当然そこにいろいろな需要も生まれます。それにこたえる形で商人や職人、女性などが移り住み、やがて駐屯地が都市として発展した、というケースがよくあるらしい。たとえばイギリスのランカスター Lancaster ウインチェスター Winchester も、その地名はラテン語で「駐屯地」を意味する接尾語castraが由来で、もとは古代ローマ軍の駐屯地であったことがわかります。

 それと同じように、ハイラル軍駐屯地も、はじめはただの駐屯地だったのでしょうが、やがて軍人以外の人も住むようになり、広場を要するような「街」にまで発展していた、ということが、この噴水跡からわかるんです。けれどそのにぎわいも消え失せて、今やただほころびた旗が音もなくはためくのみ……良い……。(語彙を失ったオタク)

 

 

 

奇跡を起こした「ハテノ砦」

 軍兵によって守られながら陥落した、先述のアッカレ砦の一方で、民間人が守ったハテノ砦はどうなったか?というと、こちらはたいした設備でもないのに防衛に成功しています(!)ゼルダ姫や民間人とともに南下したリンクが、道中で相当数ガーディアンを駆逐したのと、陥落する前にゼルダ姫が覚醒してくれたのが功を奏したらしい。*7 100年前のリンク強すぎる。僕がプレイするとガーディアン1匹を相手に死ぬのだが?

 ということで、100年前はたどり着けなかったハテノ砦(100年前リンクはハテノ砦の手前のクロチェリー平原で力つきている)を拝みたおしに行きます。相当数のガーディアンが平原一面にひろがり、今まさに砦を越えようとしているところで停止しています。自分がこの時代この場所に居合わせなくてマジで良かったと思ってしまった。この景色だけですでにチビるくらい怖いのに、ガーディアンが動いたらもはや地獄絵図でしょ……。

↓ ちなみにこのへんのスクショからようやくUIが消せることを知る。これだからゲーム音痴は。

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 絶壁の上に要塞のごとく築かれていたアッカレ砦と比較すると、ハテノ砦は平原にデンと構えられた、ただの壁のような造りであることがわかります。どう見ても戦闘を想定した構えではありません。ここは砦というより、中央ハイラルとハテール地方を往来する人々を監視するための関所だったようです。*8

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 ところどころ木材で補強されている箇所があります。塀が崩れているのはガーディアンの攻撃によるものだそうですが、今なお修復されていないのは、金がないのと、厄災で技術者がいなくなり再建が不可能であるから、らしい。*9 ここが100年前より何もかも後退してしまったポストアポカリプス世界であるということがこうした部分にも見られて、非常に美味しいです!ごちそうさまです!

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 ちなみに破壊される前の姿はこんな感じだったらしい。*10 いや壁じゃん。

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 砦付近から眺めるクロチェリー平原が本当にすこすこのすこです。まさに松尾芭蕉が詠んだ「夏草や 兵(つわもの)どもが夢の跡」という景色そのもの。奥州藤原氏がかつて栄華を誇りながら、芭蕉が訪れた時にはすでに寂寞たる光景であった平泉のように、ここで乱戦を繰り広げたであろうガーディアンもハイラル人も、今や草木に埋もれ、そこにはザワザワと風が通りすぎるだけ……。

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 ここで僕も一句。「廃墟厨 ブレワイをやれ 外出るな」(コロナ流行ってるからね)

 

 

廃墟美の極致「ラネール参道」

 力の泉や勇気の泉で修行をしたものの封印の力に目覚めることができなかった100年前のゼルダ姫は、17歳になったあかつきに、最後のチャンスとして知恵の泉を訪れます。その際に西口から東口へ通過したと思われるのが、この「ラネール参道」です。思い出した記憶 その15「大厄災 復活」のムービーで、4人の英傑が東口で姫の帰りを待っている様子を確認したので、今はどうなっているのだろうとさっそくすっ飛んで行きました。

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 が、100年前と全ッ然変わっとらんやんけ!ぬかったな任天堂!建物がボロボロになってない方がキレられる、そう、ブレスオブザワイルドならね。

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 ちなみに門の検討稿にはこんなデザイン案があったそうです、むちゃくちゃ荘厳だ。*11 こっちを実装してガタガタに崩壊させてくれたらもっと最of高だったのにな~~~~とワガママを言ってみたり云々。

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 ラネール参道、ブレスオブワイルドで一番好きな廃墟です。これは個人の持論ですが、美しい廃墟の3大要素は、①崩落した建築物 ②それをおおう植物 ③そこに溜まった清水 だと思っていて。アンドレイ・タルコフスキーの『ノスタルジア』や『ストーカー』はなぜかくも美しいのか? それはこの3つの要素が詰まっているから。そしてラネール参道も、この「美しい廃墟の3大条件」をすべて押さえている最強の廃墟なのです。

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 もともとは、スクリーンショットの奥に見える滝から流れこんだ水の上に参道が敷かれていたと思われますが、現在参道は崩落していて、外壁以外の大部分が池の底に沈んでいます。自分が死んだらこの水底に眠る広場に墓を建てたい。(遺言)

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 そして見てくださいこの樹の根が建築物を取りこもうとしている部分。人工物が植物にとりこまれている様子がいかに素晴らしいかという事実は、すでに我々の世界におけるアンコール・ベンメリア遺跡が身を呈して証明しています。私たちはその尊さを、『天空の城ラピュタ』でさんざん学んだはずです。そんな廃墟の基礎中の基礎がシッカリ押さえられている、このたしかな信頼できる感。ウーン、5億万点!

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 しかも夜になると、ネルドラが参道跡の上空を通過していくんですよね。人工の遺物は水底に沈み、自然の神秘は夜空を飛来する……。これぞ野生の息吹(ブレスオブザワイルド)……。(感涙)

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謎の古代文明「ゾナウ遺跡群」

 ハイラル王国には成立年代不明の古代文明がいくつか存在しており、その痕跡のひとつが「ゾナウ」と呼ばれる民族が残したといわれている「ゾナウ遺跡」です。「ナゾ」の文明だから「ゾナウ」らしい。*12 なんて雑なネーミング。

 密林の中にあり視界が悪く、頻繁に雨が降って壁のぼれないわ焚火はつかないわ腹立つのでここの散策はあまり好きじゃないんですが、いかにも古代文明!みたいな雰囲気はとても好きです。

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 先述の「美しい廃墟の3大要素」もすべて兼ね備えていてはなまるぴっぴですね!

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 水龍信仰があったと公式本には書かれており、これら独特の石像は水龍を表しているようです。*13 

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 以下の写真はメキシコに行った時に撮ったマヤ文明の遺跡・チチェンイッツァにあったククルカン像ですが、上のゾナウ遺跡の石像と非常によく似てます。そもそもチチェンイッツァというのがマヤ語で「聖なる泉のほとりの水の魔法使い」を意味するそうで、この辺からゾナウ遺跡のデザインを引っぱってきてるんじゃないか、と個人的にはにらんでいます。

 ちなみにククルカンというのはマヤ神話の最高神にあたる、羽毛のはえた蛇の神様のこと。まァメキシコの竜みたいなモンです。創造神的な性格が強く、本来は水に特化した神様ではないんですけど。

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 ゾナウ遺跡の壁面を見ると、これまで見てきたハイラルの遺跡とは意匠がまったく異なることがわかります。柱の部分には、四角に収められた蛇のような生物の絵が並んでいますが、

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  これは、正方形のマスに主字と接字を収めて構成されるマヤ文字がモチーフになっているのではないでしょうか。マヤ文字ってこういうやつ。(メキシコの博物館で撮ってきた写真 ↓)

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 以上を鑑みると、ゾナウ文明のイメージの下敷きにはマヤ文明があると推測されます。が、今一度ふたつ上のスクリーンショットを見返していただきたいのですが、柱にはさまれた壁の部分に、数珠をつないだような浮き彫りが縦並びになっています。これは南米ではなく、以下の写真のように(記憶に間違いがなければ多分アンコールワットで撮った写真。違ったらすいません)、東南アジアの仏教施設に見られる連子窓のデザインです。ゾナウ文明は「熱帯をコンセプトにした」と公式本に記載があるので*14、ゆたかな熱帯雨林の中で花開いた東南アジアの美術もまた引用されているんでしょう。

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 ちなみにゾナウ遺跡には水竜だけでなくフクロウやブタの石像もあるのですが*15、こうしたモチーフはマヤ文明には存在しないので、あくまでマヤ文明はゾナウ文明のイメージそのものではなく下敷きとしてある、と個人的に考えていることを補遺させてください。

 

 

 

過去の舞台もいまや夢の跡

 僕はゼル伝の過去作は一切プレイしたことがないのですが、ブレスオブザワイルドには過去にゼル伝シリーズに登場した舞台や種族がかなりの数で再登場しているそうで。以下は海外のゼルダファンの方が作った、ゼル伝の過去作とブレスオブザワイルドの比較動画です。

youtu.be

 特に、

 なんかは規模もデザインもほぼそのままブレスオブザワイルドに再現されていて、過去作をやったことない僕ですらむちゃくちゃ感動してしまいました。ゼル伝の経験がある人は余計にたぎるんじゃないでしょうか。非常に内容が濃くわかりやすかったので、オススメの比較動画としてシェアしておきます。

 

 

 

おわりに

 以上、超主観に基づいた廃墟めぐりと所感でした。ゼルダ姫ほったらかして延々と崩れた建物をながめている勇者と化してしまった。クエストをこなすためでもモンスターを狩るためでもなく、ただ廃墟のベストショットを撮りたいがために焚火燃やしまくってますが、それもきっとブレスオブザワイルド(のはず)。今しばらくは、僕の一番の敵はライネルでもガノンでもなく、廃墟の景観を邪魔する天候や日差しの角度になりそうです。

 

 

ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド - Switch

ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド - Switch

  • 発売日: 2017/03/03
  • メディア: Video Game
 

*1:NintendoDREAM編集部編(2017)『ゼルダの伝説 30周年記念書籍 第3集 THE LEGEND OF ZELDA BREATH OF THE WILD:MASTER WORKS ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド:マスターワークス』徳間書店, p.352

*2:同上, p.226-227, p.366-367

*3:同上, p.61

*4:同上, p.378

*5:同上, p.380

*6:同上, p.381

*7:同上, p.379

*8:同上, p.379

*9:同上, p.379

*10:同上, p.256

*11:同上, p.276

*12:同上, p.336

*13:同上, p.407

*14:同上, p.326

*15:同上, p.336

コロナパンデミックに失策を重ねる政府に今『グエムル ー漢江の怪物ー』

 コロナウイルス(COVID-19)の猛威が止まりません。

  緊急事態のピンチにこそ人の本質本性が見えるというもので、感情的になる人、泰然自若としている人、パニックにおちいっている人、保身に走る人、などなど、「この人はこういう人だったんだなァ」を目にする日々です。僕は「危機感のない他人事な人」だそうです。

 御上の力量が可視化されやすいのもこういう時ですね。政府の講じた対策案に不平不満をいだく声を、ネットでは毎日見かけます。何をどうやっても批判というのは出るもので、他国と比べて日本のコロナ対策を評価する意見もなくはないのですが、大事なのは他国との比較ではなく「それで日本国民は、日本経済は助かったのか」否かなので。さすがにマスク配布は新手のギャグかな?と、政治にうとい僕もズッコケたものです。まァその効果のいかほどは、今後あきらかになっていくでしょうが。

 何万円支給するだのやっぱやめますだの、ロックダウンするだのしないだの、右往左往する政情を見ていて、グエムル ー漢江の怪物ー』みたいな状況だな、と何となく思っていました。 

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 『グエムル ー漢江の怪物ー』は、去年2019年、『パラサイト』で第72回カンヌ国際映画祭パルム・ドール(最高賞)に輝いたことで記憶に新しいポン・ジュノ監督の、長編3作目にあたる作品です。『パラサイト』もめちゃくちゃおもしろかったんですが、ブログに書こう書こうと思いつつあっというまに1ヵ月もたってしまった……無精はつらいよ。

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日本版ポスターは左下の足が消されていて非情に残念な仕上がりでした。

 

 グエムル ー漢江の怪物ー』は、その名の通り「グエムル(「怪獣」を意味する韓国語「괴물」のカタカナ読み)」が出てくるいわゆる「モンスター映画」です。ちなみに英語タイトルは『The Host』――つまり宿主という意味なのですが、何かパラサイト(寄生)と通じるなと思ったり。

 日本だと例えばゴジラだとかウルトラマンだとか、アメリカだとキングコングだとかゾンビだとか、怪物モノの伝統が古くからありますが、韓国にはそういった系譜がありません。もちろんモンスターが出てくる作品もゼロではないのですが、いずれもブームには至らなかったようです。

 そんな自国の状況を憂いて、ポン・ジュノ監督が韓国の映画界に投じたのが、この『グエムル』という作品です。監督自身は「モンスター映画」にとても親しみや思い入れがあるそうで、それについては下記の尾崎一男氏のコラムがくわしいので、ご参照ください。

www.thecinema.jp

 

 このグエムルは、アメリカ人医師がホルムアルデビド(強い毒性と発がん性作用を持つ劇薬)を下水に流したことで、漢江に住んでいた何かしらの水生生物が突然変異を起こして爆誕した怪物です。爬虫類っぽい6本脚とラブカの尻尾を川魚にくっつけたみたいなビジュアルです。四方に開く二重になった口が、個人的には推しポイント。

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 実は韓国では、2000年に龍山米軍基地からホルムアルデヒドが無断放流され、河川がいちじるしく汚染されたという事件在韓米軍漢江毒物無断放流事件が実際に起こっており、グエムル誕生のエピソードがこの事件に対する批判であることはあきらかです。水爆実験によって目覚めた怪獣ゴジラに、米国の核実験への批判がこめられているのと似たような感じかな。

 本作は形こそモンスター映画ですが、保守派であったパク・クネ政権時代、政府に不都合な文化人としてブラックリストに入れられていたポン・ジュノ監督の、米国と韓国政府への強烈な批判が真の核。韓国の民主化への道のりを踏まえて観てみると、なぜ次男・ナミルが火炎瓶を扱えるのか、とか、エージェント・イエロー(これも米国がベトナム戦争で使用した枯葉剤エージェント・オレンジ」への風刺になっている)の散布で血を吐く若者が何を暗示しているのか、とか、意味がわかる描写が増えてなかなかおもしろいです。

 

 で、この米韓の闇の化身グエムルなんですが、未知のウイルスを保菌しているホスト(宿主)である可能性があると報じられ、漢江付近はすべて閉鎖、市民も感染をおそれてマスクをつけるようになります。皆がマスク姿で街頭ニュースを凝視する中、咳き込むおじさんに怪訝な目を向ける女性が描かれたりしていて、まさに今現在の日本じゃん、などと。

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 実はウイルスがいるというのは、ホルムアルデヒド無断流出を隠蔽したい米国のデマだったんですが、作中の韓国政府はウイルス対策に右往左往しています。グエムル接触があったと思われる人間を強制入院させ、主人公・カンドゥはウイルスによる精神錯乱がみられるとして、無理やりロボトミーのような手術を受けさせられます。さらにはウイルス対策に米国の介入を許し、エージェント・イエローの散布を強行させられる始末。

 以下のキャプチャはエージェント・イエローが何なのかという説明がなされているシーンですが、まだ実害もわかっていない最新の化学薬品を、韓国の閉鎖した地区で散布実験してみる、という米国側の魂胆が見え見えです。結局デモ隊がまだ残っているのにもかかわらず散布が始まり、吐血する人、耳から血を流す人、などなど人体に実害出まくりだったんですけど。

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 ということで、モンスター映画と見せかけて、強烈な社会風刺がこめられている『グエムル -漢江の怪物-』ですが、今見るとその行き当たりばったりなウイルス対策にばかり目が行きます。正しい現状認識と迅速な決断ができないと、まァこうなるワケです。コロナのせいで自粛を余儀なくされウチでNetflixAmazonプライムをひたすら消化するしかない皆さん、今こそ観ましょう、グエムルを。

 

 余談ですが、ソウルの漢江沿いの汝矣島(ヨイド)漢江公園には、このグエムルの実物大オブジェがあるそうです。韓国に遊びに行った時には絶対に立ち寄りたいスポットだ。口の部分に頭をツッコめるようなので、喰われてみたい方はゼヒどうぞ。

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グエムル-漢江の怪物-(字幕版)

グエムル-漢江の怪物-(字幕版)

  • 発売日: 2015/04/02
  • メディア: Prime Video