さかしま劇場

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『ミッドサマー』で浄化された話 その④メンヘラ救済編

 『ミッドサマー』を観てハラハラドキドキするつもりが、不覚にも無限の浄化作用を受けて帰ってきてしまった人が語る、『ミッドサマー』解説と感想の記事です。

 今回は、

 といった5つのトピックの内、その④「これはメンヘラの救済映画である」について書いていこうと思います。①~③をまだお読みでない方は、上記リストのリンクから飛べますので、先にそちらに目を通していただけるとわかりやすいかもしれません。

 

 

 

 

ダニーの悲しみは監督アリ・アスターの悲しみでもある

 主人公のダニー(dani)は、映画冒頭で妹が両親と無理心中してしまい、多大なショックを受けます。それによって精神がひどく不安定になってしまうのですが、そもそもそれ以前から、ダニーは双極性障害、つまり躁鬱病を患っていました。

 まだ家族の死が判明していない時から、抗不安薬を飲んでいるシーンがあります。

 ダニーの妹もなぜ両親と心中してしまったのかと言えば、鬱病が悪化して悲観的になったからで。姉妹で鬱病だったのか~と思うと、なかなかキツイものがあります。

 鬱病のなりやすさに関わる「ストレス脆弱性」には、ある程度、遺伝子的な要因もあるそうです。ダニーの一家は繊細な人が多かったのかもしれません。

 僕も親が鬱病だった時期があり、自身もみごとに鬱病をキメた過去があるので、『ミッドサマー』には冒頭から感情移入しまくりでした。

 

 ダニーは作中で、何度も死んだ家族の幻覚を見ます。家族を失ったショックからずっと立ち直れないでいる、という表現でしょう。

 TBSラジオ「たまむすび」にて映画評論家・町山智浩氏が語っていた話によると、『ミッドサマー』の監督アリ・アスター(Ari Aster)も、過去に弟を亡くした経験があるそうです。彼の前作ヘレディタリー 継承なんかは、その抱えきれないトラウマを吐き出して癒すために作ったとか。

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幻があまりに突然登場するので、観ている方もかなりビビる。

 

 さらに当時のアリ・アスターは、落ち込む彼を支えきれなくなった恋人に捨てられた経験までしたそうで、それが今回の『ミッドサマー』に繋がっている、と言います(町山氏談)

 

 

 

無能彼氏とけなげな彼女

 『ミッドサマー』におけるダニーのボーイフレンド、クリスチャン(Christian)の、頼りにならない感はもう徹頭徹尾すさまじいです。笑えてくるレベルでひどいです。

 「お前もうちょっと彼氏として気の利いたことできんのか?」と思わず張りたおしたくなるようなキャラクターですが、なぜ彼がそこまでのクズ彼氏っぷりを発揮しているのかと言えば、その人間性はさておいて、すでにダニーへの愛情が冷めかかってる状態だから、というのがまず大きな理由でしょう。

 すでに映画の冒頭から、クリスチャンは男友達に「ダニーと別れたい、重すぎる」と相談しています。どうもダニーの精神の不安定さについていけなくなったようです。

 恋人に「めんどくさい」と捨てられた経験のあるメンヘラにとっては、胸が痛すぎるシーンですね。ウッ……!!(突然何かを思い出し頭を抱えうずくまる)

 

 一方のダニーは、彼氏と別れたいワケではない様子です。 

 例えば、そもそもスウェーデンにはクリスチャンとその男友達だけが行く予定でした。ホルガ村の女性とヤることが真の目的だったのだから、そりゃ当たり前といえば当たり前。

 それがデニーの知るところとなり、「どうして旅行に行くって教えてくれなかったの」とクリスチャンに怒る場面があります。私が家族を失ってこんなにつらい時期なのに、と。

 クリスチャンははじめ、何かと言い訳をしたりダニーをなだめようとしますが、その内めんどくさくなって「もう帰る」とか言いはじめる始末。デニーは「ごめん、もう責めないから」と彼氏が帰ろうとするのを一生懸命引きとめます。何だかデニーの方が悪いみたいな感じになってます。

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 デニーは自身が彼氏にめんどくさがられていることには気が付いているので、 険悪な雰囲気になることを極力避けようとします。なので死んだ家族のことを思い出して泣き出しそうになった時も、ひとり隠れて泣くというツラすぎる状態。

 そんな関係性のままホルガ村に旅立ったふたりですが、ここでイライラというか呆れ案件が積みかさなっていきます。

 例えばロンドンから来たサイモンとコニーのカップルに「ふたりは付き合ってどのくらいなの」と尋ねられ、クリスチャンが「3年半だよ」と答えたのをダニーが「4年よ」と訂正するシーンとか。

 さらにクリスチャンがダニーの誕生日を忘れていて、男友達のペレにこっそり教えられてはじめて思い出すシーン。そのあと苦しまぎれに間に合わせのケーキでダニーの誕生日を祝いますが、ここで風が強くて蝋燭に全然火を付けられないのが何とも情けないですね。

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ケーキの切れ端感が涙ぐましい。

 そんなこんなでどんどんダニーの(何やねんこいつ)感が高まっていった挙句、クリスチャンが(ドラッグで判断力がにぶっていたとはいえ)ホルガ村の女の子・マヤと性交に及んでしまいます。

 これが決定打となって、ダニーが「メイクイーン」として神にささげる生贄を選べる場面、彼女はクリスチャンを生贄に選びます。クリスチャンはドラッグ漬けになったまま、熊の皮をかぶせられ、炎にまかれて死亡します。

 

 

 

果たしてそれは本当に復讐だったのか

 この顛末を単純に、「ついにクリスチャンへの未練が立ち切れて、自身を傷つけたむくいとしてダニーは報復に及んだ」ととらえる人も多いかもしれません。

 けれど個人的には、去年2019年に、新宿の歌舞伎町でホストの男性が恋人の女性に刺されたという事件をちょっと思い出していました。

bunshun.jp

 

 この事件で被告の女性は、「最近彼(ホストの男性)が冷たくて悩んでいた」と、「どうしたら好きでい続けてくれるか考えた。一緒にい続けるためには殺すしかないと思った」と供述しているそうです。

 これと同じで、『ミッドサマー』においても、ダニーはクリスチャンを怒らせて仲を険悪にしたくないので、呆れはしてもクリスチャンに怒鳴りちらすようなことは決してしないようにしています。けれどそれでも、離れていくクリスチャンの気持ちを取りもどすことはできないし、さらに彼は他の女性と性交する始末。それならいっそ殺してしまおう、というような衝動的行動のように、僕には思えました。

 ダニーが、クリスチャン(正確に言うとクリスチャンが閉じ込められている三角の建物)が燃えているのを見てにっこりとほほ笑むシーンがありますが、あれは「ざまあwww」っていう笑いより、もう彼氏がこれ以上自分からはなれていく辛さを味わう必要がなくなった、という安心と解放の笑みの様に見えました。

 

 

 

ダニーの安息の地となったホルガ村

 鬱を患っている人や、メンヘラ気質の人って、実際に周りに人がいるかどうかに関わらず、心理的に孤独であることが多いんですよね。そして、その孤独を満たしてくれる存在や場所に、強く依存する傾向があります。

 『ミッドサマー』のダニーも、家族を失い、しかし彼氏も支えてくれずに、心理的にとても孤独な状態にありました。

 そんな状態で訪れたホルガ村で、村人の女性たちはダニーを料理に誘ったり、一緒に踊ったりと、仲間として積極的に関わってくれます。クリスチャンがマヤと性行為に及んだショックでダニーが号泣している時には、一緒に声いっぱいに泣いてくれます。まァこれは貴方たちの儀式のせいでしょって感じではあるんですけど。

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でも感情を共有し発散させるという行為は心理負担の軽減には有効だとは思う。

 

 それでダニーは、心理的な支えというものを、ホルガ村に見出します。ハタから見れば、洗脳された、狂気に堕ちたように見えるかもしれませんが、孤独だったダニーにとっては自分を受け入れてくれる安息の地を見つけたワケです。

 

 

 

その④まとめ

 そういうわけで、恋人との永遠を手に入れ、自分を受け入れてくれる場所をも見つけた、という見方をしてみると、『ミッドサマー』はメンヘラが見ていて最高に救済を感じる映画なんではないでしょうか。

 シチュエーションがシチュエーションなので「何が救済だ」と感じる方もいるかもしれませんが、仮に、結婚しただとか妊娠しただとか何でもイイんですけど「恋人はもう絶対に自分を裏切らない」と錯覚しちゃうような状況におちいって、さらに周囲の人間が全員むちゃくちゃ優しい、という環境に置かれたら、誰しもが人生バラ色!と勘違いしてしまうと思いませんか?

 それと同じで、『ミッドサマー』は、観る側の捉え方とは別に、主人公のダニーにとってはまぎれもないハッピーエンドだと思います。

 そして僕にもハッピーエンドだと感じられたからこそ、『ミッドサマー』は僕にカタルシスという名の浄化作用をもたらしたのだな、と思います。

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♪ If you're happy and you know it……

 

 その⑤「そしてこれはまぎれもないドラッグ映画である」に続きます。

gothiccrown.hatenablog.com