『ミッドサマー』で浄化された話 その⑤ドラッグ編
『ミッドサマー』を観てハラハラドキドキするつもりが、不覚にも無限の浄化作用を受けて帰ってきてしまった人が語る、『ミッドサマー』解説と感想になります。
今回は、
といった5つのトピックの内、その⑤「これはドラッグ映画である」について書いていこうと思います。①~④を未読の方は、上記リストのリンクから飛べますので、まずはそちらから読んでいただけると分かりやすいかもしれません。
ドラッグのデパート映画
『ミッドサマー』、しょっぱなから最後に至るまで、主人公たちがひたすらドラッグを摂取してます。
ドラッグ=薬というと、ダニーが飲んでいた抗不安薬のような医薬品(medicine)を想像する方がいるかもしれませんが、そちらではなく違法薬物(drug)の方です。
まずホルガ村に行く前から、ダニーの彼氏クリスチャンとその男友達はマリファナ(大麻)遊びをしています。
一部の州を除いて、アメリカでは以前多くの州において嗜好目的でのマリファナ使用は禁じられていますが、一方で国民の4割もがマリファナの使用経験があるとの統計データも出ており(下記記事参照)、アメリカでのマリファナ使用がとてもポピュラーである様子がうかがえます。『ミッドサマー』でのクリスチャンたちも、そうしたマリファナと近しいアメリカの若者像なのでしょう。
ホルガ村に着いたら今度は、マリファナとマジックマッシュルームをみんなで摂取しています。
マジックマッシュールームとは、シロシビンやシロシンといった成分をふくんだキノコの俗称です。摂取すると幻覚が見えたり悟った気分になったりする。LSDやペヨーテと同じ幻覚剤の一種です。
そして村で生活し始めてからも、人によってモノや回数は異なりますが、村人から支給されたナチュラルドラッグの類をことあるごとに摂取しています。ナチュラルドラッグとは、自然物由来のドラッグのことです(反対に人工的に合成、精製されたドラッグはケミカルドラッグといいます)。
『パルプフィクション』『時計仕掛けのオレンジ』『ウルフオブウォールストリート』『トレインスポッティング』『ラスベガスをやっつけろ』など、ドラッグで主人公がムチャクチャになるようなドラッグ映画はいろいろありますが、『ミッドサマー』も確実にそこに仲間入りです。
『ミッドサマー』におけるドラッグ表現の特徴
個人的には、ドラッグ映画というのは「登場人物がドラッグを摂取して、それによる感覚変化を、観客は第三者として見ている」映画と、「登場人物がドラッグを摂取して、それによる感覚変化を、観客は画面を通して当事者の様に見ている」映画のふたつに分けられると思っています。
例えば先述の『パルプフィクション』『時計仕掛けのオレンジ』などは前者。ドラッグを摂取して「ラリっている」キャラクターを、観客は第三者として眺めています。
『ウルフオブウォールストリート』も基本的にはこちら側ですね。ラリって運転して警察に捕まるシーンだけ別ですが。ここ、個人的にスゴイ好きなシーンです。
反対に『トレインスポッティング』や『ラスベガスをやっつけろ』は後者の印象が強いです。ドラッグによって登場人物にもたらされた感覚が、そのまま映像になっています。
『ミッドサマー』はどちらかと言えば、確実に後者でしょう。
もちろんすべてのドラッグ摂取の感覚が映像化されているワケではありませんが、例えば死んだ家族の幻覚が見えたり、花や植物が呼吸しているように動いていたり。食卓の食べ物の色彩が渦巻いていたり、自分が地面の草と同化しているように見えたり。
特にフォーカスがダニーに向けられているシーンで、幻覚がそのまま映像になっています。
監督がこだわった「リアルなドラッグ感覚」
死んだ家族の幻が突然見えるのはデニーの心因性によるところも大きいと思いますが、純粋にドラッグの作用だと思われる幻覚――例えば植物が動いてる、色彩が渦巻いている、といった幻覚は、「ウワー!何か動いてる!動いてる!😱」と突然観客をビビらせるような、露骨な表現ではありません。↓下のGIFをご覧ください。
「メイクイーン」に任命されたダニーが、困惑しながら食器を手に取るシーンですが、飾り付けられた花がまるで呼吸しているかのよう開いたりしぼんだりしていることに気がついたでしょうか?
ダニーの右腕ちかくのツタも、不自然にウネウネしてます。ピントが合っていませんが、画面手前に移っている肉もグニョグニョしている……。
『ミッドサマー』で表現される幻覚は、「アレ……?何か動いてる……?」と一瞬自分の目をこすってしまうくらい、徐々に徐々に、小さなレベルから始まっていきます。そして気がつかない内にすっかり消え失せている。
それはまさに「だんだんドラッグが効いてきたな~~」「あ~~抜けてきたな~~」という感覚そのものです。
アリ・アスター監督は下記の記事にて、ドラッグ感覚を正確に表現することに苦心したと語っています。ドラッグが効きはじめてから抜けるまでの感覚とその長さには、監督の意図的かつ綿密な計算があったようですね。
またアリ・アスター監督はこのインタビューで、「タイダイみたいなザ・60年代サイケのテンプレは避けたかった」とも言っています。タイダイ(tye-dye)というのは絞り染めのこと。60年代に登場して、ヒッピーの間でも流行ったらしい。
つまり『ミッドサマー』にはあきらかに幻覚剤を摂取している場面がいくつもありますが、60年代に幻覚剤の代名詞になったLSDの摂取によるサイケデリックな画面作りはしたくなかったということですね。
全体を通して画面がとってもカラフルな『ミッドサマー』ですが、サイケのビビッドな配色を一切せずパステルカラーを多用しているからこそ、画面のやわらかさと幻覚が見える気持ち悪さのギャップが大きくなって、恐ろしいと形容される映画になったのだと思います。
でも反対に、それは不気味キレイな夢を見ているような心地よさでもあり。僕はそれで身体の力が抜けるような、謎の浄化をガンガン感じていました。キマってたのかもしれない。
ということで、マジックマッシュールーム経験者らしいアリ・アスター監督が特にトリップシーンに熱意を傾けたという『ミッドサマー』。まさに「見るドラッグ」といった仕上がりになっているので、ドラッグ体験をしてみたい人は、違法ドラッグに手を出す前に、とりあえずまずは『ミッドサマー』を見てみればとイイと思います。
蛇足な追記(2019.3.29)
ダニーがかぶっているカラフルな花冠の中で、ひとつだけ妙に中心部が黒い花があります。
うごめく植物の中でも、一番最初に動きはじめ、なおかつ一番目だつ花なんですが、なんだかこれヒヨスを連想させるようなデザインだな……ということに気がつき、メモがてら追記しておきます。ヒヨスとは、摂取すると幻覚や浮遊感といった向精神作用をもたらす有毒の花です。
北欧に自生はしないのと、ダニーの冠にあるようなピンク色の花ではないので、あくまでデザインのモデルかな?という推測ですが。
おわりに
以上長くなりましたが、5つのトピックに分けて『ミッドサマー』の個人的な感想を書きつらねてみました。賛否両論あると思いますが、僕個人としてはものすごく心洗われる作品だったなァ、と感じています。
ちなみにドラッグってどんなものなのか知りたい方には、『夜想』とか出してるステュディオ・パラボリカの『2minus #02 ドラッグ特集』が、入門書としてオススメなんじゃないかな~と思います。「ドラッグ」と呼ばれるものの解説から、それにちなんだ小説や映画の紹介まで掲載しているのですが、幻覚的なビジュアル写真が豊富に挟まれているので、何となくドラッギーな世界観みたいなのまでつかめる良書です。
通販にはもうないのですが、古本として普通に安価で出回っているので、入手は簡単だと思います。
当たり前ですがドラッグの使用をススメているワケではないので誤解のないよう。この世でドラッグよりももっと危険なものは「無知」だと思っているので。